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ヒップホップの歴史に「ドアを閉める音」が刻みこまれるまで

21世紀に創作されたラップやポップミュージックを聴いたことがあるなら、“プラグインの教祖”がつくった最も有名な作品「Tribe」の金属的なパーカッション・サウンドを耳にしたことがあるに違いない。ジョン・レームクールへのインタビュー。
年季の入ったコルグTriton Leで音をベンドするジョン・レームクール。
年季の入ったコルグTriton Leで音をベンドするジョン・レームクール。Photograph: Natalie Behring

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バージニアビーチで誕生した伝説的なラップグループ、ザ・クリプスの「Grindin’」は、2002年に全国的に大ヒットした。歌詞やメロディーがなくてもそれとわかる散漫なビートを手がけたのは、ザ・ネプチューンズの名で知られるヒットメーカー・デュオ、チャド・ヒューゴーとファレル・ウィリアムスだ。

この曲のビートが特徴的な理由は、その中心を占めるサンプル音にある。その音は金属製のドア、おそらくロッカーか何かのドアをバタンと閉めたときの音に似ている。金属的な響きのある打撃音で、古いアルミ製のゴミ箱を蹴ったようにも聞こえる。

あなたも聞いたことがあるだろう。実際、あらゆる場所でこの音が聞こえてきた。この曲が流行していたころに高校に通っていた人なら、誰かが食堂のテーブルをたたいてビートを再現していたのを思い出せるのではないだろうか。この現象はミームとなって頻繁に繰り返され、世界中に広がり、iFunny Brazilのアーカイブにも記録されているほどだ。

現在でも、このサウンドはヒップポップで多用されている。世界のどこで創作された曲にも使われているが、ウェストコースト・ビートで特に顕著だ。このサウンドは「Grindin’」を通じて最もよく知られているが、20年がたった現在のヒット曲にも見つけることができる。ヴィンス・ステイプルズの「Lemonade」、ドン・トリヴァー、チャーリ・ウィルソンとキャッシュ・コバーンによる「Attitude」、現在TikTokでバイラルになっている3曲に1曲で、同じようなサウンドを聴くことができる。

3月には、DJミス・ミランがXにこのサウンドを称賛する投稿をしている。「ウェストコースト・ビートの、クルマのドアを閉めるような音が大好き。わたしの言いたいこと、わかるでしょ。あの足踏みか何かのような音のことよ」。この投稿は140万回閲覧された。彼女が何の話をしているのか、みんなよくわかっているからだ。

わたしは2019年から、このサウンドの生みの親を探し続けてきた。最初に見つかったのは、このサウンドを生み出した機械のほうだった。そしてようやく、わたしはこの音をつくった張本人と対面した(ただしZoom越しで)。

トライブ・クエスト

1999年に発売されたKORGのシンセサイザー「Triton」はすぐに人気を博してスタジオで多用されるようになり、00年代前半、音楽プロデューサーたちのお気に入りのツールであり続けた。現在、このシンセサイザーが奏でた音は、デジタルオーディオ・ワークステーションの「Pro Tools」などにデジタル・プラグインとして組み込まれている。しかし当時は、特定のキーボードでつくられた音がほしければ、そのキーボードを使うしかなかった。

KORG TritonのB116パーカッションキットに、このおなじみのサウンドが含まれていた。この音は「ストンプ」、「ノック」、「スラム」などと呼ばれることが多いが、正式名称は「Tribe(トライブ)」だ。

プラグインの教祖」などと呼ばれることもある「スキッピー」ことジョン・レームクールが、90年代後半にKORGのためにこのパーカッションサンプルを創作した。レームクールは決して一発屋ではない。日本のシンセサイザーメーカーであるKORGに提供するものと、自らのサウンドデザインの両方を含めると、これまでにおよそ20万のサウンドをつくってきたそうだ。わたしと話したその週も、彼は「Behemoth」と名付けたサウンドライブラリーをリリースした。

「Tribe」の名で知られる音は、いわゆるスラム音でなく、それ以上の音だ。中心を構成するのはパーカッションサウンドで、レームクールの記憶が正しければ、和太鼓奏者とのレコーディングセッション中にサンプリングされた。そこにヴォーカル音を重ねた。レームクールは同じく著名なサウンドデザイナーのジャック・ホトップとともにミックスを行ない、パーカッションの打撃音の下に「フーア」と声を出すヴォーカルをアクセントとして追加した。レームクールによると、本来の「Tribe」はもっと長かったのだが、オリジナルのKORG Tritonのデジタルメモリーチップに収めるためにトリミングしなければならなかった。

わたしが送った、「Tribe」が使用されている最近の楽曲のリストをレームクールが自身の娘に見せたところ、娘は「お父さんは有名人なのね!」と驚いたそうだ。レームクールが自分の仕事を自慢することはないが、自慢する理由は山ほどある。

バンカービート

オレゴン州のオンタリオで育ったジョン・レームクールは、音楽業界で働きたい、レコードに自分の顔がプリントされるようなアーティストになりたい、と考えていた。80年代、シアトルの楽器店で働き、そこで自作のカスタムサウンドを搭載したシンセサイザーを販売した。

「自分は奇妙な販売員でした」とレームクールは語る。店が午後9時に閉まると、店舗内の「MIDI City」と呼ばれていた一角へ向かった。そこにはアップルのMacintosh 512Kとかつて25,000ドルほどで売られていたカーツウェルのK250キーボードがあった。ほかにも、AKAI、CASIO、KORGのシンセサイザーが店内に並んでいた。

そこでレームクールは午前2時ごろまで自分の音楽制作に没頭した。それから家に帰って眠り、また店に戻って午後のシフトをこなすのである。「そんな生活が3年間続きました」とレームクールは言う。「デートもなし。3年間、女の子には目もくれず、代わりにサウンドづくりに励みました。楽しかったですよ」

Tritonで演奏するレームクール。

Photograph: Natalie Behring

レームクールはパッチも自作した。パッチとはディスクに保存した個人制作のサウンドプリセットのことで、客はそれを買って自分のキーボードのディスクドライブに挿入することができる。そうしたパッチがあると、その店で買うシンセサイザーは、ほかの店にはない特別なものになる。当時のシンセサイザーは扱いが複雑で、ある程度のプログラミング能力がなければ、新しい音を自作するのもままならなかった。新しいキーボードが発売されるたびに、レームクールは購入特典として自作のサウンドを付け足した。

レームクールが販売員として働いた最後の年、その店ではグランドピアノよりも電子楽器の売上のほうが多かった。ある日、店内でベン・ドウリングに出会った。KORGの製品担当者で、各店舗を訪問してKORGの楽器が正しく設定されているかを確認するのが主な仕事だったのだが、時には顧客相手に情報のためのクリニックを開催することもあった。

88年、KORGはM1シンセサイザーを発売した。レームクールが「ロケットセンセーション」と呼ぶほど爆発的なヒットを記録し、当時の時点で史上最も売れたシンセサイザーになった。KORGは製造ラインを24時間休みなく稼働したが、それでも需要に追いつけなかったほどだ。

M1はサンプリングされたコーラス音、ストリング音、ピアノ音、ドラム音を実装した最初のシンセサイザーだった。ボタンを押すだけでそうした音がすぐに利用できた(それ以前は、フロッピーディスクを使って音を機械に読み込ませる必要があった)。ドウリングは情報クリニックで忙しく、西海岸全域を動き回る必要があったため、レームクールを製品担当者として採用するよう会社に働きかけ、面接する手はずを整えた。楽器店の店長には内緒で、レームクールは夜行列車に乗ってニューヨークへ行き、KORGで製品デモと面接を行なった。そして見事合格となり、同社で最も若い製品担当者として就職した。

KORGで製品デモを披露したレームクールに対して、別の製品担当者が、きみに「ジョン」という名はふさわしくない、と言った。プレゼンテーションを行なうときには、彼の活気がさらに数段上がるので、むしろ「スキッピー」だ、と。当時テレビで放送されていたドラマ『ファミリータイズ』に、ことあるごとに物笑いの種にされる「スキッピー」という登場人物がいたので、レームクールはそのニックネームにあまり乗り気ではなかった。しかし、のちになって、イルカが主役のテレビ番組『フリッパー』のいわばオーストラリア版として『カンガルー・スキッピー』というテレビドラマがあることを知り、そのニックネームを受け入れる気になった。彼の代表的なサウンドライブラリーのいくつかが、このニックネームを冠しているし、日本のKORGを訪問すると「スキッピーさん」と呼ばれるそうだ。

88年にKORGに就職したレームクールは、シアトルからロサンゼルスに移り住んだ。そのころ、彼が働いていた楽器店のオーナーが同社に電話をかけ、スター従業員を引き抜くのはやめろ、就職をなかったことにしろと訴えたそうだ。同店は数年後に閉店に追い込まれた。

KORGでサウンドデザインの道に足を踏み入れて以来、レームクールはいくつかの画期的なマシンを用いてきた。M1、O1/W、Wavestationなどだ。そしてもちろん、Tritonもそこに含まれる。

ある楽曲のなかで自分がつくったサウンドが使われていることに初めて気づいたとき、レームクールは衝撃を受けたそうだ。KORGのM1キーボードのためにつくった「Depth Charges」という音がそれだった。水中で爆発する対潜水艦ミサイルを彷彿とさせる、ディレイとリバーブを駆使した「水中音」だ。いわば「Tribe」の遠い親戚にあたる。

ジャネット・ジャクソンの『Rhythm Nation 1814』のオープニング曲「Interlude: Pledge」の冒頭数秒で「Depth Charges」が聞こえてくる。このダンスアルバムは、いまでも彼のいちばんのお気に入りだ。

「そこに使われているのに気づいたとき」と彼は回想する。「ヤバい、もういつ死んでもいい、と思いました」

自宅スタジオのジョン・レームクール。

Photograph: Natalie Behring

Tribeサウンドの創造

レームクールはTritonにサウンドを詰め込む作業に取りかかった。地元のレコーディングスタジオやロサンゼルスの自宅スタジオにホルン奏者やDJなどといったミュージシャンを招き、シンセサイザーに搭載するサウンドを集める。ピアノ技術者を呼んで、例えば本来の繊細な音がさらにソフトになるように弦をたたくハンマーを調節してもらうこともあった。

レームクールはKORGの旧型のシンセサイザーをいじったことがあった。今回はドラム関連のプログラミングを担当した。音楽ジャンルごとに一連のドラムキットをつくった。そこに「ラップ」も含まれる。ビート用ライブラリーのために、東海岸と西海岸の両方のヒップホップ音源に対応できるさまざまなサウンドを求めていた。以前のシンセサイザーのドラムキットには、トライアングル、タンバリン、シャイカーなど、少数のありふれたサウンドが含まれていた。「その種のサウンドだけにしたくなかったんです」とレームクールは語る。

Triton発売の10年前、KORGはすでにキーボードとドラムのサンプリングを行なっていた。「手元にあったのは、打撃音とヴォーカルのサンプルだけだった」そうだ。そこで彼は、クラッシュシンバルやスネアドラムの代わりとして使えるサンプル音を合成した。

いったんすべての音を重ねると、現代の音楽制作ソフトでできるような構成要素の分離は、もはや不可能だった。その代わりに、いわば音のスープができあがる。一度材料を放り込めば、取り除くことはできない。

できあがった音に満足したら、チームは次の音へと作業を進める。最後に、できあがったサウンドを日本にいるチームへ送る。そのチームが、どの音が合格で、どの音をシンセサイザーの内蔵メモリーに収まるようにトリミングすべきかなどを決めて返信する。

「Tribe」は「バタン」という打撃音っぽいものに有機的な声を織り込むというアイデアから生まれた。レームクールの説明によると、有機的なサウンドと無機質なトーンをミックスするのはちょっとしたトリックで、そうすることでサウンドがどこか自然に聞こえ、繰り返し使っても「脳が受け入れやすい」そうだ。「Grindin’」でまさにそうであったように、ビートのコアに利用することもできるし、現在の楽曲の大半がそうしているように、アクセントや背景の飾りとして用いることもできる。

あるプロジェクトに必要なサウンドのすべてが完成したら、レームクールが日本に飛び、全世界からやってくるほかのプログラマーと会談する。全員で直接顔を合わせ、サウンドを披露し、投票し、議論し、時には自分のサウンドをマシンに組み込むために戦う必要もあった。好みは地域によって変わる。レームクールの話では、ドイツから来た2人のプログラマーはきれいなチューバの音がないと本当に気を悪くしたそうだ。現在では、そのような面と向かっての投票セッションはほとんど行なわれなくなった。「ぜんぶスプレッドシート」とレームクールは言う。責任者がカットする項目にチェックマークをつけるだけだそうだ。

拡散

レームクールは、「Tribe」のようなサウンドをつくったころのことを振り返るのは「すごく楽しい」と言う。だが同時に、それはあくまで仕事であった。「人々がこれを使うのを聞くのが待ち遠しい」などと思ったことはないそうだ。だが、人々はそれを使った。

「Grindin’」やほかのビートに「Tribe」が使われていることに、レームクールも気づいた。ヴィンス・ステイプルズの「Lemonade」では、「Tribe」がそのままの形ではなく、レームクールの考えでは少しピッチを落とし、強いフィルターで低音を強調して使われているため、オリジナルよりも響きがはるかに強い。

クラッシュシンバルなどが奏でる高周波音は曲がMP3に圧縮されると消えてしまうことが多いが、「Tribe」はそうならない。基本的にミッドレンジで、「じゃまにならない」アンビエント音であり、MP3への圧縮の際も生き残り、低音質のストリーミングでもほぼ完全に再現される。

音楽ブログ「FakeShoreDrive.com」を立ち上げ、レコーディングアカデミーのシカゴ支部の理事も務めるアンドリュー・バーバーは、「Tribe」の「ドスン」というストンプ音は90年代のプロデューサーたちに特徴的だった懐かしいビートを想起させるという。具体的には、マニー・フレッシュ、バッド・ボーイ・レコードのプロダクションチームであるザ・ヒットメン、あるいはプロダクションクルーのビーツ・バイ・ザ・パウンドなどだ。「Tribe」はそうしたプロデューサーたちの手がけた作品よりも新しいが、どこか似たような響きをもっていて、ミニマルな手法で制作されたにもかかわらず、音響的な魅力にあふれている。

リスナーの年齢によっては、「Tribe」が「Grindin’」のビートの要素であるとは気づかないかもしれない。最近の例を挙げると、バーバーの8歳と10歳の子どもは、コイ・リレイの「Players」はパフ・ダディの曲をサンプリングしたものだと思っていた。しかし実際は、グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴの「The Message」をサンプリングしたものだ。人というものは、耳になじんだ音に戻るものなのである。

西海岸のヒップホップで現在も多用されるGファンクサウンドと同じで(ドクター・ドレーの「Nuthin’ But a ‘G’ Thang」など)、ストンプサウンドはバーバーが積極的に意識するものではない。むしろ、空気のような存在だ。

バーバーは、「Grindin’」をきっかけにほかの模倣も始まったと指摘する。J-クウォンの「Tipsy」の低音域は「Grindin’」とよく似ているが、この曲に使われているTribeぽいストンプサウンドはクイーンの「We Will Rock You」をサンプリングしたものだ。ちなみに、バーバーの子どもたちはJ-クウォンの「Tipsy」を挿入したシャブージーの大ヒット曲「A Bar Song (Tipsy)」を聴いたことをきっかけとして、クイーンの「We Will Rock You」を聴き始めた。

バーバーは、「Tribe」のようにヒップホップシーンで何度も登場するサウンドはほかにも存在すると指摘する。スリー・6・マフィアのジューシー・Jのトレードマークである「yeah, ho」や、90年代後半に"D-Dot" アンジェレッティ、ジャーメイン・デュプリ、ザ・ヒットメンが用いたシェイカーなどだ。加えて、およそ10年後には、アトランタで活動するプロデューサーのゼイトーヴェンによって、別のシェイカーサウンドが広まった。

ステイング・パワー

KORGのTritonは、チャック・イングリッシュの名で知られるラッパー兼プロデューサーで、ヒップホップデュオ、ザ・クール・キッズの片割れでもあるエヴァン・インガーソルにとって、とても重要な製品だ。いまでは伝説となったこのシンセサイザーで、彼はビートの刻み方を学んだ。

イングリッシュの記憶が正しければ、彼が高校を卒業したその日に、「Grindin’」がリリースされたそうだ。ある友人がイングリッシュにKORGのTritonを見せ、B116パーカッションキットから、ザ・ネプチューンズのビートに含まれるすべてのサウンドを再現した。

ザ・クリプスが「Grindin’」をリリースしてから20年後、ザ・クール・キッズが22年のアルバム『Before Shit Got Weird』で楽曲「SCAM LIKELY」に「Tribe」を用いた。この曲のプロデューサー陣には、ドン・トレヴィーノとスレイド・ダ・モンスタとともに、イングリッシュも名を連ねている。ザ・クール・キッズのファンにはネタバレになるが、イングリッシュは次のアルバムでもこの音を、本人の言葉を借りると「厚かましい」方法で使っているそうだ。

「Tribe」のサウンドはどこか懐かしい感じがすると、イングリッシュは語る。そのため、それが素材として用いられるビートのレシピの数が増え続けている。別の例として、イングリッシュはネリーとケリー・ローランドの「Dilemma」を挙げる。この楽曲にはローランドのM-DC1のラック・モジュールに含まれている「アー!」というサウンドが使われていた。それ以来、この音はプロデューサーのゼイトーヴェンの影響もあって、トラヴィス・スコット、ニッキー・ミナージュ、ミーゴスなどの作品でも使われている。

もし、「Grindin’」のリリース直後にこのサウンドを使ったのなら、それは「ファレル・ウィリアムスにかみつくような行為です」とイングリッシュは言う。しかし、リリースから22年が過ぎて、「いまでは、共有知識になりました」

90年代の人々は、サウンドを求めて数十年の過去をさかのぼった。わたしたちが「Grindin’」のビートを意識する理由のひとつは、それがヴィンテージなサウンドを参考にしているからかもしれない。

「誰かに自分の曲に興味をもったり、気に入ったりしてもらうには、ある種のエネルギーが必要なのだと思います」とイングリッシュは語る。「Tribe」は人の耳を引き寄せる。初めて聞いてもどこか懐かしさがある。耳にした瞬間に、「これ好き!」となるサウンドだ。

イングリッシュは、スニーカーのジョーダンを引き合いに出す。「いまの子どもたちはマイケル・ジョーダンを見ずに育った」と指摘し、こう付け加えた。「それなのに、ジョーダンを履き続けています。そして過去を振り返って、ジョーダンがどれほど偉大だったかを知るのです」。「Tribe」サウンド、言い換えれば「Grindin’のストンプ」も同じようなものだとイングリッシュは指摘した。「懐かしさというものは消えてなくならない。このサウンドは、なじみのある何かから来ているので、耳にすると温かさを感じるんです」

サウンド・オン・サウンド

オーディオ制作に携わる多くの人と同じで、レームクールは音楽だけではなく、サウンドそのものを愛している。自宅スタジオを飛び出し、コスタリカの熱帯雨林に赴いてTASCAMレコーダーに録音した環境音をもとにサウンド・ライブラリーを収録したこともある。

Photograph: Natalie Behring

公衆トイレも宝の山だ。ドアを閉める音、タオル機のモーター音、パイプを流れる水などから貴重な音源を採取してきたレームクールは、そうした意外な場所で集めたサンプルは、昔の酒場やゴーストタウンの効果音にもってこいだと指摘する。例えば、オレゴン州ポートランドの高級レストランで、自分のiPhoneに録音したトイレのパイプの音はのちに、泡の音を集めたパッチ・ライブラリーに採用された。

パッチを作成するとき、レームクールはいつも、感情を伝えるサウンドをつくることを目指している。それを聞いた人が「ああ、これは使える」と思える音だ。その音が本当に成功作なら、ジャンルの垣根を越えて、レームクールでさえ想像もしなかったような、さまざまな楽曲で利用されることになる。

現在、レームクールは自身のウェブサイト「Pluginguru.com」で数百のサウンドライブラリーを販売している。いちばんの自信作は「Unify」。プロデューサー向けに、本来なら互換性のないさまざまなエフェクト、楽器、サウンド・ライブラリーを使えるようにしたものだ。毎週土曜日には自身のYouTubeチャンネルでライブストリームも主催していて、登録者は43,000人を超える。楽器店で働いていたころ、毎週木曜日に開催していたシンセサイザープログラミング会のデジタル版だ。

長寿の「Tribe」のおかげで、レームクールはヒップホップの歴史の一部になることができ、それはうれしく思っているが、同時にこの作品も仕事のひとつに過ぎないと考えている。

「音を使って、新しくて、クリエイティブで、楽しいことを考えるのが仕事。死ぬまで続けるつもりです」

アシュウィン・ロドリゲス|ASHWIN RODRIGUES
ブルックリンを拠点に、フリーランスのライターとして活動している。執筆記事は、GQ、Fast Company、Fortune、McSweeney’s、VICEなどで掲載された。

(Originally published on wired.com, translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)

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