Simplified Technical English
ASD-STE100 Simplified Technical English (STE)は、制限言語で技術文書を作成するための国際仕様である。制限言語としてのSTEは、1980年初頭にAECMA Simplified Englishとして開発され、英語の第二言語話者が英語で書かれた技術マニュアルを曖昧さを残さずに明快に理解できるように設計されている。当初は、民間航空機のメンテナンス文書に用いられていたが、その後、車両や船舶も含めた防衛産業にも使用されるようになった。今日では、広く他の産業分野にまで採用され、多くのメンテナンスマニュアルや技術マニュアルがSTEで記述されるようになった。
歴史
[編集]制限言語の書式を使用した試みは、古くは1930 年代にBasic English(ベーシック英語)[1]で、そして、その後1970 年代に Caterpillar Fundamental English[2][3]でそれぞれ行われた。
1979年、航空宇宙関連のドキュメントは、アメリカ英語(ボーイング、ダグラス、ロッキードなど)、イギリス英語(ホーカーシドレー、ブリティッシュエアクラフトコーポレーションなど)、および母国語が英語以外の会社(フォッカー、エアリタリア、エアロスパティアーレ、後のエアバスを設立した数社)など各社ばらばらの言語を使っていた。また、それぞれ現地の整備士のために、メンテナンス文書の一部をそれぞれの言語に翻訳しなければならないヨーロッパの航空会社もあった。
これに対し、ヨーロッパの航空業界は、AECMA(欧州航空宇宙産業協会)にアプローチして、制限言語としての英語を使用する可能性を調査するようメーカーに依頼した。1983年、他の産業界に存在するさまざまなタイプの制限言語を調査した後、AECMAは独自の制限言語を作成することになった。 AIA(Aerospace Industries Association of America)もこの開発に参加するよう要請された。
この共同作業の結果、1986年に、通称AECMA Simplified English Guideとして知られている「PSC-85-16598」が発行された。その後、現在の最新版に至るまで、多くの変更、改訂、改版が行われてきた (STE の最新版であるIssue 8は 2021 年 4 月発行)。
AECMAが他の2つの団体と合併して2004年にASD(欧州航空宇宙防衛産業協会)を形成して以降、その仕様書の名前はASD Simplified Technical English:ASD-STE100に変更されている。ASD-STE100は、1983年に設立されたSimplified Technical English Maintenance Group(STEMG)[4]によって維持管理され、現在も、改訂を続けている。
ASD-STE100の著作権[5]はASDが所有している。
2013 年のIssue 6以降、ASD-STE100は無償配付となった。何年にもわたって、 Issue 6とIssue 7で 11,800 を超える公式コピーが配付された。 2021 年 4 月に発行されたIssue 8では、3,200 を超える公式コピーが配布された (配布ログは 2022 年 8 月に更新された)。 通常、この規格は 3 年ごとに改版される。
ASD-STE100 の無償公式コピーは、ASD-STE100 Web サイトおよび ASD-STAN からリクエストできる。
利点
[編集]Simplified Technical Englishには次のような利点がある。
- 文法や語彙に制限を設けることで曖昧さを削減
- テクニカルライティング、特に操作手順[6]のライティングの明快さを向上
- 英文に対する、世界中の非英語ネイティブの理解度の向上
- 人間による翻訳をより簡単に、より速く、より費用対効果の高いものに
- 翻訳メモリー(コンピューター支援翻訳)や機械翻訳の品質向上、促進
- 齟齬を減らし、メンテナンスと組み立て作業の信頼性を向上
仕様
[編集]STEは次の2つの要素で構成される。
- ライティングルール(Writing Rules)
- 辞書(Dictonary)
ライティングルール
[編集]ライティングルールでは、操作手順(procedure)と状態描写(description)という2つのタイプを書き分けることが説明されている。 ライティングルールには、文法とスタイルの使用に関する制限も含まれている。 以下に、ライティングルールの各ルールを網羅する。
- 使用を認められた単語は、辞書に記載されている品詞および意味としてのみ使用する
- 操作説明は、明確に具体的に書く
- 複合名詞の長さは3語以下にする
- 動詞は以下の活用形だけを使用する
- 不定詞
- 命令形
- 単純現在形
- 単純過去形
- 過去分詞(形容詞として使用)
- 未来形
- 助動詞を使用して動詞の複合形をつくらない
- 動詞の-ing形は、技術名詞、または複合名詞の技術名詞を構成する修飾語としてだけ使用する
- 操作説明では受動態を使用しない
- 状態描写でもできる限り能動態を使用する
- 文を短く書く:文の長さを、操作説明では20語以下、状態描写では25語以下とする
- テキストを短くするために、文を構成する品詞(主語や動詞や冠詞など)を省略しない
- 文が複雑になるときは、箇条書きを活用する
- 1つの文では1つの操作だけとする
- 1つのパラグラフには1トピックだけとする
- 各パラグラフは、6文以下にする
- 明快な指示や条件で、安全に関する注意文を書き始める
辞書
[編集]例として以下にASD-STE100辞書のページからの抜粋を示す。
Word (Part of speech)
キーワード |
Approved meaning/ALTERNATIVES
承認された語意/代替候補 |
APPROVED EXAMPLE
正しい例 |
Not approved
間違った例 |
---|---|---|---|
Acceptance (n) | ACCEPT (v) | BEFORE YOU ACCEPT THE UNIT, YOU MUST DO THE SPECIFIED TEST PROCEDURE. | Before acceptance of unit, carry out the specified test procedure. |
ACCESS (n) | The ability to go into or near. | GET ACCESS TO THE ACCUMULATOR FOR THE NO. 1 HYDRAULIC SYSTEM. | |
Accessible (adj) | ACCESS (n) | TURN THE COVER UNTIL YOU CAN GET ACCESS TO THE JACK THAT HAVE “ ” AND “-“ MARKS. | Rotate the cover until the jack marked by and - are accessible. |
ACCIDENT (n) | An occurrence that causes injury or damage. | MAKE SURE THAT THE PINS ARE INSTALLED TO PREVENT ACCIDENTS. |
上記の表の説明:
Word (Part of speech)
[編集]この列は、単語とその品詞に関する情報を示す。表の例では、「ACCESS」と「ACCIDENT」が承認されている(大文字で表記されたもの)。そして、「Acceptance」と「Accessible」は使用を承認されていない(語頭だけが大文字でほかは小文字)。STE で承認されたすべての単語は、特定の品詞としてのみ使用できる。 たとえば、「test」という単語は、名詞 (the test) としてのみ承認され、動詞 (to test) としては承認されていない。「1 つの単語、1 つの品詞、1 つの意味」の原則に対する例外はほとんどない。
Approved meaning/ALTERNATIVES
[編集]この列は、STE で承認された単語の承認された意味 (または定義) を示す。辞書に意味が記載されていない場合、その単語を使用することはできない。第一列で承認されていない単語には、この列でAlternative(代替候補)が示される。たとえば、「ACCEPT」と「ACCESS」である(大文字で表記されたもの)。承認されていない単語に対して、提案された代替候補の品詞が異なる場合がある。これらの代替候補は、一つの提案でしかない。使用する文では意味が通じなくなる場合もあるので、そのまま置き換えるだけではだめなことも多いので、注意が必要である。
APPROVED EXAMPLE
[編集]この列は、承認された単語の使用方法、または承認された代替候補の使用方法(通常は単語の置換) の例(すべて大文字で表記)が表示される。また、異なる構文で同じ意味を維持する方法も示す。承認された例に示されている文例は強制的なものではない。承認された言葉で同じ情報を書く方法を 1 つだけ示す。同じことを表現するために、他の承認された単語を使って異なった構文で表現することも自由である。
Not approved
[編集]この列 (すべて小文字で表記) は、標準的なライティングで承認されていない単語がどのように頻繁に使用されるかを示す。例は、承認された代替案や異なる構造を使用して同じ情報を提供する方法を理解するのにも役立つ。 承認された単語の場合、他の意味または制限に関連するヒント(ヘルプバルブ) がない限り、この列は空白のままである。
辞書には、承認された単語と承認されていない単語の両方のエントリが含まれる。 承認された単語は、指定された意味としてだけ使用できる。 たとえば、「close」(v) という単語は、次の 2 つの意味のいずれかだけで使用できる。
- ものの出入りを閉じる
- ブレーカーで回路を閉じる
この動詞は、ドアを閉めたり回路を閉じたりすることを表すが、他の意味で使用することはできない (たとえば、会議を終えたり、ビジネスを廃止したりするなど)。 形容詞「close」は承認されていない。辞書の「close」項目のところには、承認された代替候補 「NEAR」が表示される。したがって、STE では、「do not go close to the landing gear」ではなく、「 do not go near the landing gear」と書く。
承認された語彙は900語弱と少ないが、それを補完する語彙を各社、各業界に必要な技術名詞と技術動詞として加えることができる。たとえば、辞書に記載されていない「grease」「discoloration」「propeller」「aural warning system」「overhead panel」「to ream」「to drill」 などの単語や複合名詞や動詞を、承認された用語として各社、各業界で定義することができる。これらの技術名詞と技術動詞については、セクション 1:ライティングルール(Writing Rules)のルール 1.5 Technical names(技術名詞)と ルール1.12 Technical verbs1(技術動詞)にその定義がある。
航空宇宙・防衛規格
[編集]Simplified Technical Englishは、ベーシック英語などを含めた制限言語の総称として用いられることがある。航空宇宙および防衛規格は、航空宇宙整備文書の業界標準としてつくられたが、軍用の陸上車両、海上船舶、および兵器にも用いられる。当初は、一般的なライティングの標準として使用することを意図してはいなかったが、他の業界やさまざまな種類のドキュメントに採用され成功している。米国政府のPlain English[7]は、STEの航空宇宙規格ほどの厳密な語彙制限がなく、より一般的なライティングルールで表されている。
ASD-STE100 には、操作手順と状態描写のパラグラフをわかりやすく書くための文法とスタイルに関する制限 (53のルール) が含まれている。また、900弱の承認された単語の辞書も含まれている。辞書に掲載されている単語以外に、ライターには、自社や自社が属する産業界のドキュメントを書くために使用する技術名詞と技術動詞のガイドラインが用意されている (これらの用語は、ルール1.5 と1.12で定義されたカテゴリのリストに分類できる場合だけ使用できる)。
1986 年以来、STEは ATA 仕様 i2200 (以前の ATA100) および ATA104 (トレーニング) の要求事項となっている。STE は、ASDのS1000D 仕様の要求事項でもある。欧州防衛基準参照 (EDSTAR:European Defence Standards Reference System) は、すべての欧州防衛機関 (EDA: European Defence Agency) 参加加盟国による防衛契約に適用される技術文書を作成するためのベストプラクティス基準の 1 つとして STEを推奨している。
今日、STEは、当初の目的であった航空産業のメインテナンス文書であることを超えて、航空宇宙および防衛分野以外[8]の他の業界にまで採用されるに至っている。自動車産業、再生可能エネルギー、物流セクターに普及し、現在、医療機器や製薬分野の分野までに拡大している。 STE への関心は、さらに学術界(情報工学、応用言語学、計算言語学)でも高まっている。
ツール
[編集]Boeing は、Boeing Simplified English Checker (BSEC) を開発した。この校正支援ツールは、洗練された 350 ルールの英語パーサーを使用する。これは、Simplified Technical English 仕様に対する違反をチェックする特別な機能で強化されている。[9]
HyperSTE は、Etteplan が提供するプラグイン校正支援ツールであり、ドキュメントが仕様の規則と文法に準拠しているかどうかをチェックする。[10]
Congreeは、言語アルゴリズムに基づいた校正支援ツールを提供している。テキスト構成に関連するSimplified Technical English issue 7のすべての規則をサポートし、統合された Simplified Technical English 辞書を提供する。[11]
TechScribeの ASD-STE100タームチェッカーは、ライターが ASD-STE100 に準拠していないテキストを見つけるのに役立つ。上記のいずれも、校正支援ツールである。[12]
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ Ogden, Charles Kay (1932). Basic English: A General Introduction with Rules and Grammar. K. Paul, Trench, Trubner & Company, Limited
- ^ Caterpillar Tractor Company. (1972). Caterpillar Fundamental English. Peoria, Ill. : Caterpillar Tractor Co.
- ^ “A Close Look at STE”. TC World. 10 July 2019時点のオリジナルよりアーカイブ。20 May 2019閲覧。
- ^ “STEMG Official ASD-STE100 website”. ASD-STE100 Simplified Technical English Maintenance Group. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ^ Simplified Technical English, ASD-STE100, is a Copyright and a Trade Mark of ASD, Brussels, Belgium. All rights reserved. European Community Trade Mark No. 017966390.
- ^ Kuhn, Tobias (2014). “A Survey and Classification of Controlled Natural Languages.”. Computational Linguistics 40 (1): 121–170 .
- ^ Plain Language: Improving Communications from the Federal Government to the Public
- ^ The statistics of the distribution log (updated to August 2022) show that 56% of the users are outside the domains of aerospace and defense.
- ^ Hoard, James E. (1992). An Automated Grammar and Style Checker for Writers of Simplified English. Computers and Writing. pp. 278–296
- ^ “Simplified Technical English and HyperSTE”. I'd Rather be Writing. 20 May 2019閲覧。
- ^ “Congree Simplified Technical English Checker”. Subject Detail Page. Congree Language Technologies GmbH. 25 March 2019閲覧。
- ^ “Term checker for ASD-STE100 Simplified Technical English, issue 8”. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。