酒井忠武
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時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 宝永5年12月24日(1709年2月3日) |
死没 | 享保16年8月21日(1731年9月21日) |
改名 | 忠武 |
戒名 | 一運元利天梁院 |
官位 | 従五位下、右京亮 |
幕府 | 江戸幕府 |
主君 | 徳川吉宗 |
藩 | 越前敦賀藩主 |
氏族 | 酒井氏 |
父母 | 父:酒井忠菊、母:堀田正休の娘 |
兄弟 | 親本、忠武、忠恭、忠敬、忠香 |
子 | 養子:忠香 |
酒井 忠武(さかい ただたけ)は、越前敦賀藩の第3代藩主。忠稠系小浜藩酒井家別家3代。
生涯
[編集]第2代藩主・酒井忠菊の3男。正徳5年(1715年)、忠菊の嫡子となって将軍・徳川吉宗に御目見した。享保7年(1722年)、父の死により家督を継いだが、翌年の自邸での失火を理由に出仕を停止させられた。嗣子無くして享保16年(1731年)8月21日、24歳で死去した。
家督は弟の忠香が継いだ。
系譜
[編集]父母
養子
- 酒井忠香 ー 実弟