通信妨害
通信妨害(つうしんぼうがい、英語: communications jamming, COMJAM)とは、無線通信信号に対する妨害(ECM)のこと[1]。もともと電波を使ったものに関しては、「通信妨害」などと言うよりむしろ電波妨害(英: Radio jamming)と呼ぶほうがもともと一般的で、いずれにせよ略す場合はジャミング(英: jamming)と言う。
概説
[編集]目的となっている通信で使われている正規の電波と同一の周波数、またはそれを含む周波数帯の電波を意図的に送出し、意図的に混信もしくは電波障害を引き起こすことで、正規の通信を妨碍する、もしくは自国民に視聴させたくない放送に妨碍をかけることを指す。これに使う電波を妨害電波(ぼうがいでんぱ)という。
意図せずに起きてしまう単なる混信や単なる電波障害とは区別される。
主に政治的理由、思想戦などで行われる。特に第二次世界大戦期の国際放送で、対立する国同士が相手国の国際放送を自国の人々に聴かせたくないために、相手国の国際放送の周波数で妨害電波を送出しジャミングを行ってきた歴史がある。放送を行っている側も、ジャミングに対抗して、補助的な周波数を複数用意してその周波数を頻繁に変えて妨害側をあざむいたり撹乱し、あるいは電波の送信出力を上げるなどということも行われた。妨害する側も、さらにそれに対抗するために、また新たな周波数も含めて妨害したり出力を上げるなどということが行われ、つまり全体としてはいわゆる「いたちごっこ」が発生し、多くの場合、放送の受信を完全に妨害することまではできなかった。
またたとえば権力側から地下放送(ゲリラ放送)に対する妨碍をかけることが行われることがあり、逆に反政府勢力から国営放送に対する電波ジャックが行われることもある。ラジオ放送が中心だが、テレビジョン放送でもあり得る。
もともと政治的に用いられることの多い技術であるが、2000年代には携帯電話に対する通信機能抑止装置のように民間技術として転用され、試験会場・コンサート会場・会議場などで使われるものも増えている。
歴史
[編集]歴史的事例を挙げる。
- 第二次世界大戦中、ナチス・ドイツは、イギリスのBBCの国際放送を自国民が聴かないようにするためにジャミングをかけた。イギリス側は対抗策として送信出力を上げ、またBBCの受信が引き続き可能となるよう、ループアンテナの作成法を記載したリーフレットを作成し、ドイツ国内でそれを飛行機から散布した。
- 第二次世界大戦(太平洋戦争、大東亜戦争)中、アメリカが大日本帝国(日本)向けアメリカの声放送(英語: Voice of America, VOA)をアメリカ合衆国本土から短波放送で実施し、サイパン島陥落後は中波放送で実施した。これに対して大本営当局はジャミングをかけた。
- 第二次世界大戦時期の継続戦争でヴィボルグに仕掛けられた地雷は、タイマー作動式や感圧式よりもむしろ電波で起爆されているものが多いということが発見され、フィンランド側はその起爆用周波数で1941年9月4日から1942年2月2日までフィンランド民謡の「サッキヤルヴェン・ポルッカ」を流しつづけて妨害した。ソ連側は起爆用の周波数を何度か変更したが、フィンランド側はそのいずれの周波数でも「サッキヤルヴェン・ポルッカ」を流して対抗した。
- (いつ?)短波9690kHzには、日本向けRAE(アルゼンチン国営放送)が発信されていたが、台湾(中華民国)が同一周波数で大陸(中華人民共和国)向け中央広播電台を出し、大陸側がこれにジャミングをかけていたため、RAEの受信は非常に困難であった。
- 韓国のKBS第1ラジオソウル局(中波711kHzと短波3930kHz)には北朝鮮がジャミングをかけていた(短波3930kHzは2007年1月に廃止)。
- NHKの国際放送であるNHKワールド・ラジオ日本の朝鮮語放送にも、北朝鮮がジャミングをかけることがあった。
- 1982年10月から1984年3月まで、ラジオたんぱ(現在のラジオNIKKEI)で放送されたセクシー・オールナイトには、その内容の強烈さが問題とされたか、海外の一部でジャミングがかけられ、日本国内でも聴取不能となることがあった。この当時は、AM放送の夜間の番組でも、性的にきわどい内容に話が及ぶと、突如どこからかジャミングがかかり、その話が終わるとジャミングが止まることが頻繁にあった。
2000年代の状況
[編集]- 中国政府が、BBC、VOA、NHK、RFA、RTIなどの英語放送と中国語放送に、中央人民広播電台が京劇音楽などを使ってジャミングを行っている。にぎやかなこの音楽は、遠距離受信の愛好家の間では火龍(Firedrake)と呼ばれている。
- 北朝鮮は、韓国向け朝鮮中央テレビ(朝鮮教育文化テレビ)を韓国の第8チャンネルで実施しているが、韓国はこれにジャミングをかけている。
- 2006年5月5日から、特定失踪者問題調査会運営である北朝鮮拉致被害者向けの短波放送「しおかぜ」(5890kHz)に北朝鮮がジャミングを行い始めた。その後この周波数は廃止され周波数を変更しながら(2021年1月10日現在は、日本国内から第一放送5955kHz 5965kHz 6045kHzのいずれか、第二放送5985kHz 6020kHz 6135kHzのいずれか)送信しているが、いずれもジャミングされている。
- 主に、日本国政府認定の日本人拉致被害者向けを目的として「しおかぜ」に遅れて開局した日本国政府拉致問題対策本部による短波放送「ふるさとの風」(朝鮮語放送名「イルボネパラム」)各周波についても、2021年1月10日現在、ジャミングされ続けている。
民間への技術転用
[編集]- 日本での携帯電話に対するものについては、通信機能抑止装置を参照。
- バチカン市国では、2005年以降のコンクラーヴェにおいて、社会のIT化や携帯電話の小型軽量化・SNSの普及・盗聴技術の発達などの理由から、コンクラーヴェ期間中の情報漏洩対策として、枢機卿団の宿舎であるサン・マルタ館とシスティーナ礼拝堂において強力なジャミングによる情報統制を実施している。そのジャミングの強さは携帯電話のみならず、放送電波まで切断する程の規模である[2]。
- 2012年、中華人民共和国の全国普通高等学校招生入学考試(いわゆる大学入学試験)では、無線通信装置を使ったカンニング防止のために「試験会場全体に対するジャミング」を実施している[3]。
脚注
[編集]- ^ デビッド・アダミー『電子戦の技術 基礎編』東京電機大学出版局、2013年。ISBN 978-4501329402。
- ^ “情報時代の法王庁:ジャミングと絵文字ツイート”. Wired.jp. (2013年3月14日) 2013年3月14日閲覧。
- ^ 山谷剛史 (2012年4月20日). “もしかすると日本にも!? 中国にあふれるカンニングツール”. 連載:山谷剛史の ニーハオ!中国デジモノ (日経トレンディネット) 2014年9月19日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 一般財団法人VCCI協会(旧・情報処理装置等電波障害自主規制協議会)
- 携帯電話抑止装置 テレ・ポーズSP