花の街
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「花の町」 | |
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楽曲 | |
発祥 | 日本 |
作詞者 | 江間章子 |
作曲者 | 團伊玖磨 |
「花の街」(はなのまち)は、1947年(昭和22年)に日本で作られた江間章子作詞・團伊玖磨作曲の歌曲である。
概要
[編集]第二次世界大戦後の日本で、この曲は1947年(昭和22年)4月16日にNHKのラジオ番組『婦人の時間』のなかの「婦人の歌」のコーナーで放送されたことにより日本全国に広がり、終戦後の明るさや平和の象徴として人々に知られ、歌い継がれた。放送初演は、作曲した團伊玖磨自身の指揮で、佐々木成子が独唱、東京放送合唱団が合唱、東京放送管弦楽団が伴奏した。
のちの1952年(昭和27年)4月にレコードも発売された(編曲・指揮:團伊玖磨、合唱:ビクター女声合唱団、演奏:NHKサロン・アンサンブル ビクターレコード、規格品番:AE-77)。
1949年(昭和24年)のNHKラジオの朗読番組『私の本棚』(朗読者は樫村治子)では、番組のはじめに演奏されるテーマ曲として使われた。発表されて70年以上経った平成から令和の時代においても、中学校音楽科学習指導要領の「共通教材」として指定されていることから、授業や合唱コンクールなどで歌われている。2006年(平成18年)に文化庁と日本PTA全国協議会が「日本の歌百選」に選定した[1]。
この曲は広く親しまれていながら、原作者の歌詞とは相違した部分が流布している状況にある。一番の歌詞最終行が、原作「歌いながら かけていったよ」であるべきところ、「春よ春よと かけていったよ」と歌われ、三番が「泣いていたよ 街の角で」であるべきところ、「泣いていたよ 街の窓で」とする誤謬である。このことは、日本音楽著作権協会(JASRAC)が原作者存命中に確認済みとのことで、この楽曲の利用には、これを留意する必要がある。
1・2番の歌詞やメロディは明るいが、3番に入って急に暗くなる。これは前述の通り、終戦直後の混乱の中で作られたからである[要出典]。