不入斗 (市原市)
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不入斗 | |
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大字 | |
北緯35度27分02秒 東経140度03分38秒 / 北緯35.45043度 東経140.06051度座標: 北緯35度27分02秒 東経140度03分38秒 / 北緯35.45043度 東経140.06051度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 千葉県 |
市町村 | 市原市 |
地区 | 有秋地区 |
人口情報(2023年(令和5年)4月1日現在[1]) | |
人口 | 485 人 |
世帯数 | 238 世帯 |
面積(2023年(令和5年)4月1日[2]) | |
2.18127 km² | |
人口密度 | 222.35 人/km² |
郵便番号 | 299-0115[3] |
市外局番 | 0436[4] |
ナンバープレート | 市原 |
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不入斗(いりやまず)は、千葉県市原市の有秋地区にある大字[5]。郵便番号は299-0115[3]。
概要
[編集]千葉県市原市の最西部にある有秋地区に位置する。かつて市原市役所有秋支所が置かれる前は、姉崎地区の一部であった。また、青葉台8丁目の造成に伴い、小字のうち小谷及び十六作付近を分離した[6]。
地理
[編集]地価
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隣接町丁字
[編集]北は青葉台、東は片又木及び深城、南は有秋台東・有秋台西及び椎津、西は迎田及び椎津と接している。
歴史
[編集]地名の由来
[編集]「不入斗」は関東などに見られる地名で、寺社領など貢租を免じられた土地、不入権をもつ田地であったことに由来するという説がある。
字内に鎮座する小鷹神社は式内社・姉埼神社の別院であったとされ、当地にはかつて姉埼神社の神田があったとも言われている[7]。
沿革
[編集]江戸時代には不入斗村と称した。久世広之領、旗本領などを経て、享保元年に幕府領となる。享保9年、佐貫藩、旗本大岡忠相(後に西大平藩)、旗本小笠原氏、幕府の相給村となる。明治初年には鶴牧藩の領地、廃藩置県後は鶴牧県→木更津県→千葉県市原郡不入斗村。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行とともに9村(姉ヶ崎村・椎津村・深城村・豊成村・不入斗村・立野村・片又木村・迎田村・畑木村)が合併、鶴牧村となる。市原郡鶴牧村の一部に[7]。
- 1891年(明治24年)6月1日 - 市原郡鶴牧村が町制施行、姉崎町と改称。姉崎町の一部に[7]。
- 1963年(昭和38年)5月1日 - 姉崎町・市原町・五井町・三和町・市津町が合併、市制施行し市原市。市原市の姉崎地区の一部に[6]。
- 1989年(平成元年)10月1日 - 市原市役所有秋支所設置により、有秋地区の一部に[6]。
世帯数・人口
[編集]2022年4月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[8]。
町丁字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
不入斗 | 242世帯 | 496人 |
通学区域
[編集]市立小学校・市立中学校と県立高等学校の通学区域は以下の通りである[9]。
大字 | 範囲 | 小学校 | 中学校 | 県立高校 |
---|---|---|---|---|
不入斗 | 一部 | 市原市立有秋東小学校 | 市原市立有秋中学校 | 第9学区 |
一部 | 市原市立有秋西小学校 |
施設
[編集]交通
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脚注
[編集]- ^ “令和5年度千葉県市町村町丁字別世帯数人口”. 千葉県 (2023年4月1日). 2023年8月16日閲覧。
- ^ “令和4年度市原市統計書データ”. 市原市 (2022年4月1日). 2023年8月16日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月7日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ “地名・郵便番号案内 | 市原市ホームページ”. 2022年12月14日閲覧。
- ^ a b c 矢島秀朗『市原現代年表』市原市、2016年12月。
- ^ a b c “市原市地名由来”. 2022年1月20日閲覧。
- ^ “市原市町丁字別人口 市原市”. 千葉県. 2022年6月23日閲覧。
- ^ 小学校・中学校の所在地及び通学区域一覧