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テノントサウルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
テノントサウルス
生息年代: 115–108 Ma
Perot Museumに展示される骨格
地質時代
前期白亜紀
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 鳥盤目 Ornithischia
亜目 : 鳥脚亜目 Ornithopoda
階級なし : イグアノドン類
Iguanodontia
: テノントサウルス属
Tenontosaurus
学名
Tenontosaurus
Ostrom1970

テノントサウルスTenontosaurus 「腱のトカゲ」の意味)は中型から大型の鳥脚類恐竜の属の一つである。現在の北アメリカ西部のアプチアン後期-アルビアン (1億1500万年前-1億800万年前)の地層から知られている。かつてはヒプシロフォドン科英語版と考えられていたが、ヒプシロフォドン科はもはやクレードとは考えられておらず、テノントサウルスは現在では非常に原始的なイグアノドン類と考えられている。

テノントサウルス属はTenontosaurus tilletti(1970年ジョン・オストロムにより記載)とTenontosaurus dossi(1997年Winkler、Murrayおよびacobs)の2種から構成されている[1]。北アメリカ西部各地の累層から多数のT. tilletti の標本が収集されているT. dossi はテキサス州パーカー郡ツインマウンテン層英語版で収集された少数の標本のみが知られている。

特徴

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想像図
人と他の鳥脚類たちとのサイズ比較。テノントサウルスは赤色。

成体では体長は6.5-8 m、体高3 mの二足歩行で、体重は1-2tと推定されている。特異に長く幅の広い尾を持っており、背部は骨質の腱で硬化していたとみられる。

研究史

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最初のテノントサウルスの化石は1903年のアメリカ自然史博物館(AMNH) の遠征においてモンタナ州ビッグホーン郡で発見された。1930年代に行われた同じ領域での発掘で18個の以上の標本が発掘され、1940年代の発掘でも4個の標本が発掘されている。かなり多数の標本が発見されているにもかかわらず、AMNHのバーナム・ブラウンが背と尾の発達した腱にちなみ非公式に「腱のトカゲ」を意味する"Tenantosaurus"と名づけたものの、このときには正式な命名、記載は行われなかった[2]

1960年代にイェール大学はモンタナ州とワイオミング州のビッグホーン盆地地域(クローバリー層英語版)での広大で長期渡る発掘を開始した。遠征はジョン・オストロムに率いられ、この調査隊は40以上の新たな標本を発見した。遠征の後、オストロムはこの動物を記載し、ブラウンの非公式の名前をわずかに変えた綴りであるTenontosaurus と命名した。

骨格の前半部分

1970年以降クローバリー層の他、オクラホマ州アントラーズ層英語版テキサス州パラクシー層英語版アイダホ州ワヤン層英語版ユタ州シーダーマウンテン層英語版メリーランド州アランデル層英語版などで多数の標本が報告されている[2]

以下に示すクラドグラムはButler et al, 2011の分析に拠るものである[3]

鳥脚類

オロドロメウス

ヒプシロフォドン

ゼフィロサウルス

ヤンドゥサウルス

カングクンサウルス英語版

ジェホロサウルス

ガスパリニサウラ

パルクソサウルス

ブゲナサウルラ英語版

テスケロサウルス

イグアノドン類

タレンカウエン英語版

アナビセティア

ラブドドン科英語版

テノントサウルス

T. tilletti

T. dossi

ドリオ形類

ドリオサウルス科英語版

Ankylopollexia (イグアノドンハドロサウルス科などを含む)

生息地と生態

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気候

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モンタナ州およびワイオミング州のクローバリー層では、テノントサウルスの化石は2つの岩相層序単元で一般的に見られる。その古いほうはリトルシープ泥岩部層(クローバリー層第5単位)、より新しいほうはハイメス部層(第6、第7単位)である。累層の最古の部分であるプライヤー礫岩にはテノントサウルスの化石は一切含まれておらず、最上部である、リトルシープ泥岩部層の最も新しい部分のみに見られる。キャサリン・フォースター英語版は1984年のテノントサウルスの生態についての論文において、このことをテノントサウルスの個体群がビッグホーン盆地の地域においてはリトルシープ泥岩部層の後期になるまで到来しなかったことの証拠とした[2]

テノントサウルスがワイオミングおよびモンタナに最初に出現した頃(アルビアン初期)、この領域は砂漠気候から半砂漠気候になり、乾季と雨季があった。しかし、数百万年の間に、この領域では降水量が増加に推移し、亜熱帯気候から熱帯気候になり、乾季もサバンナ状の環境として残ったものの、三角州や氾濫原、現在のルイジアナ州のような沼地の入り江を持つ森林のある環境になった[4]。この降水量水準の変化はスカルクリーク海路の海岸線の侵入による可能性が高く、白亜紀後期には西部内陸海路の循環が北アメリカを完全に分断した[2]

テノントサウルスの個体数はこの気候の劇的な変化に対し増加傾向を示した。このことからテノントサウルスは顕著に順応性のある動物であり、環境の変化にもかかわらず長期に渡って残存し続けたことが示される[2]

生態系

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完全な化石

クローバリー層の到るところで、テノントサウルスはずばぬけて多い脊椎動物であり、2番目に多い曲竜類サウロペルタの5倍以上におよぶ。乾燥したリトルシープ泥岩部層では、テノントサウルスが唯一の草食恐竜であり、一般的な捕食者であるデイノニクスや不定のアロサウルス上科の一種、ゴニオフォリス科のワニなどが同じ環境に生息していた。アルビアン中期に気候の大規模な変化が始まり、より多数の恐竜がこの地域に侵入してきた。これらの恐竜には少数派の鳥脚類であるゼフィロサウルスオヴィラプトロサウルス類ミクロヴェナトル英語版、ある種のティタノサウルス形類竜脚類オルニトミムス科の一種が含まれる。熱帯性のこの期の生態系には小型哺乳類のゴビコノドングリプトプス英語版などのカメ、数種のハイギョも含まれていた[2]

幼体と生体の展示骨格

テノントサウルスやデイノニクスのような恐竜が主要な大型脊椎動物となっているような場所では、他の地域でも生態系は同様である。アントラーズ層英語版カンザス州南西部からオクラホマ州を通りテキサス州北東部へと広がっている。この累層の放射年代測定は行われていない。テキサス州のトリニティー層群といくつかの属が共通しており、研究者はこの生物層序のデータからこの累層を前期白亜紀アルビアン(約1億1000万年前)のものと推定している[5]。この累層の領域には浅い内海へと流れる大きな氾濫原が保存されていた。数百万年後にこの海は北へと広がり、西部内陸海路となり、白亜紀後期Late Cretaceousには北アメリカ大陸をほぼ完全に2分していた。アントラーズ層の古環境は熱帯もしくは亜熱帯の森林、氾濫原三角州、海岸低湿地、バイユー、ラグーンなどと考えられており、おそらく今日のルイジアナ州と似たものであったと推測される[4][6]。現在オクラホマとなっているアントラーズ層ではテノントサウルスとデイノニクスの他に竜脚類アストロドン(プレウロコエルス)やサウロポセイドン・プロテレス、おそらくこの地域の頂点捕食者であるカルノサウルス類アクロカントサウルスなどの恐竜が生息していた[7][8]。この累層の古環境に最も多く保存されていた恐竜はテノントサウルスである。テノントサウルスと同時代の他の脊椎動物としては両生類アルバネルペトン・アルトリディオン英語版、爬虫類のアトカサウルス・メタルシオドン英語版プティロトドン・ウィルソニ英語版クルロタルシ類ベルニサルティア軟骨魚類ヒボドゥス・ブデリリソドゥス・アニタエ条鰭類ギロンクス・ドゥンブレイ英語版ワニ類ゴニオフォリスカメ類グリプトプス英語版Naomichelysなどが生息していた[9][10]。不定の鳥類とみられる化石も発見されている。化石証拠からはガー類レピソステウス英語版がこの地域で最もよく見られる脊椎動物であったようである。また初期の哺乳類Atokatherium boreniパラキメクソミス・クロッシ英語版もこの領域から発見されている[11]

食性

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テノントサウルスのいた生態系の植生はシダ木性シダ英語版ソテツ類が支配的で原始的な顕花植物もあった可能性がある。大型の植物や樹木は針葉樹イチョウといった裸子植物が代表的であった。テノントサウルスは低層のブラウザー(良質選択食者)であり、二足歩行であったとすると成体では最高で高さ3 mの植物を食べていた。このためテノントサウルス、特にその幼体は背の低いシダや潅木のみ食べる制限を受けていた。しかしながらU字状のくちばしや傾斜した切断面を持つ歯からは、植物のどの部分を食べるかの制限を受けていなかったとみられる。葉、木部、場合によっては果実も食べていた可能性がある[2]

捕食者

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デイノニクスの前の幼体を連れたT. tilletti

Tenontosaurus tillettiの化石とともに鳥に似た肉食の獣脚類デイノニクスの歯や多数の骨格が見つかることが多い。テノントサウルスの標本は50以上の場所で発見されているが、そのうち14箇所でデイノニクスも発見されている。1995年の研究によれば、デイノニクスの化石発見地でテノントサウルスが発見されなかったのは6箇所のみで、デイノニクスがサウロペルタのような他の潜在的な獲物とのみに一緒に発見される例はまれである[12]。テノントサウルスの化石全体の20%のはデイノニクスの直ぐ近くで発見され、デイノニクスはテノントサウルスの主要な捕食者であったことが暗に示唆されると示唆する研究者もいる。しかしながら、デイノニクスの成体はテノントサウルスの成体よりはるかに小さく、単独のデイノニクスが完全に成長したテノントサウルスを狩ることはありえそうもない。それゆえデイノニクスは集団狩猟者であったに違いないと示唆する研究者がいる一方で、(現在の多くの鳥類や爬虫類で見られるような群がる行動ではなく)協調して狩りをしていた証拠も、デイノニクスが互いに共食いしていた可能性の証拠も、テノントサウルスが狂乱して食べた証拠も無いと異議が唱えられている[13]。デイノニクスはテノントサウルスの幼体を好んで狩り、ある程度の大きさに達した個体は死体を漁られることあっても、小型の獣脚類からは獲物として避けられていた可能性が高い。デイノニクスとともに発見されるテノントサウルスの化石は最大の半分程度の大きさの個体がほとんどである問い事実からもこの説が支持される[2][14]。同じ地域にはアクロカントサウルスのような大型の肉食恐竜も生息していた[15]

繁殖

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2個体の幼体の大腿骨骨幹の骨組織像

ある標本の大腿骨脛骨に骨髄骨組織が保存されており、現在では繁殖期の産卵する鳥類にしか見られないこの組織がテノントサウルスに存在したことが示された。加えて、他の2種の骨髄骨が作られることが知られており恐竜であるティラノサウルスアロサウルスと同様に、このテノントサウルスの個体も完全な成体サイズには達していない8歳程度で死亡したようだ。ティラノサウルスやアロサウルスを含む獣脚類の系統とテノントサウルスの系統は恐竜の進化の非常に早期に分岐しており、骨髄骨組織が作られ、最大サイズに達する前に繁殖が行われることは恐竜では一般的だったことが示唆される[16]組織学的な研究からT. tilletti は他のイグアノドン類と異なり、個体発生の早い段階から亜成体では素早く成長し、成熟すると成長が非常に遅くなったことが示された[17]

参照

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  1. ^ Winkler, Dale A, Phillip A Murry and Louis L Jacobs. (1997). "A New Species of Tenontosaurus (Dinosauria: Ornithopoda) from the Early Cretaceous of Texas". Journal of Vertebrate Paleontology.
  2. ^ a b c d e f g h Forster, C.A. (1984). "The paleoecology of the ornithopod dinosaur Tenontosaurus tilletti from the Cloverly Formation, Big Horn Basin of Wyoming and Montana." The Mosasaur, 2: 151–163.
  3. ^ Richard J. Butler, Jin Liyong, Chen Jun, [[:en:Pascal Godefroit|]] (2011). “The postcranial osteology and phylogenetic position of the small ornithischian dinosaur Changchunsaurus parvus from the Quantou Formation (Cretaceous: Aptian–Cenomanian) of Jilin Province, north-eastern China”. Palaeontology 54 (3): 667–683. doi:10.1111/j.1475-4983.2011.01046.x. 
  4. ^ a b Wedel, M. J.; Cifelli, R. L. (2005). Sauroposeidon: Oklahoma’s Native Giant” (PDF). Oklahoma Geology Notes 65 (2): 40–57. オリジナルの2008年7月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080705145455/http://sauroposeidon.net/Wedel-Cifelli_2005_native-giant-plus-cover.pdf 2007年7月7日閲覧。. 
  5. ^ Wedel, M.J., and Cifelli, R.L. 2005. Sauroposeidon: Oklahoma’s native giant. Oklahoma Geology Notes 65 (2):40-57.
  6. ^ Forster, C. A. (1984). “The paleoecology of the ornithopod dinosaur Tenontosaurus tilletti from the Cloverly Formation, Big Horn Basin of Wyoming and Montana”. The Mosasaur 2: 151–163. 
  7. ^ Weishampel, David B.; Barrett, Paul M.; Coria, Rodolfo A.; Le Loeuff, Jean; Xu Xing; Zhao Xijin; Sahni, Ashok; Gomani, Elizabeth, M.P.; and Noto, Christopher R. (2004). "Dinosaur Distribution", in The Dinosauria (2nd), p. 264.
  8. ^ Brinkman, Daniel L.; Cifelli, Richard L.; & Czaplewski, Nicholas J. (1998). "First occurrence of Deinonychus antirrhopus (Dinosauria: Theropoda) from the Antlers Formation (Lower Cretaceous: Aptian – Albian) of Oklahoma". Oklahoma Geological Survey Bulletin 146: 1–27.
  9. ^ Nydam, R.L. and R. L. Cifelli. 2002a. Lizards from the Lower Cretaceous (Aptian-Albian) Antlers and Cloverly formations. Journal of Vertebrate Paleontology. 22:286–298.
  10. ^ Cifelli, R. Gardner, J.D., Nydam, R.L., and Brinkman, D.L. 1999. Additions to the vertebrate fauna of the Antlers Formation (Lower Cretaceous), southeastern Oklahoma. Oklahoma Geology Notes 57:124-131.
  11. ^ Kielan-Jarorowska, Z., and Cifelli, R.L. 2001. Primitive boreosphenidan mammal (?Deltatheroida) from the Early Cretaceous of Oklahoma. Acta Palaeontologica Polonica 46: 377-391.
  12. ^ Maxwell, W. D.; Ostrom, J. H. (1995). “Taphonomy and paleobiological implications of Tenontosaurus-Deinonychus associations”. Journal of Vertebrate Paleontology 15 (4): 707–712. doi:10.1080/02724634.1995.10011256.  (abstract Archived 2007年9月27日, at the Wayback Machine.)
  13. ^ Roach, B. T.; Brinkman, D. L. (2007). “A reevaluation of cooperative pack hunting and gregariousness in Deinonychus antirrhopus and other nonavian theropod dinosaurs”. Bulletin of the Peabody Museum of Natural History 48 (1): 103–138. doi:10.3374/0079-032X(2007)48[103:AROCPH]2.0.CO;2. 
  14. ^ Brinkman, Daniel L.; Cifelli, Richard L.; Czaplewski, Nicholas J. (1998). “First Occurrence of Deinonychus antirrhopus (Dinosauria: Theropoda) from the Antlers Formation (Lower Cretaceous: Aptain-Albian) of Oklahoma”. Oklahoma Geological Survey (164): 27. 
  15. ^ D'Emic, Michael D.; Melstrom, Keegan M.; Eddy, Drew R. (2012). “Paleobiology and geographic range of the large-bodied Cretaceous theropod dinosaur Acrocanthosaurus atokensis”. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 333–334: 13–23. doi:10.1016/j.palaeo.2012.03.003. 
  16. ^ Lee, Andrew H.; Werning, Sarah (2008). “Sexual maturity in growing dinosaurs does not fit reptilian growth models”. Proceedings of the National Academy of Sciences 105 (2): 582–587. Bibcode2008PNAS..105..582L. doi:10.1073/pnas.0708903105. PMC 2206579. PMID 18195356. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2206579/. 
  17. ^ Werning, S. (2012). Farke, Andrew A. ed. “The Ontogenetic Osteohistology of Tenontosaurus tilletti”. PLoS ONE 7 (3): e33539. doi:10.1371/journal.pone.0033539. PMC 3314665. PMID 22470454. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3314665/.