72時間の壁
72時間の壁(ななじゅうにじかんのかべ)は、災害における人命救助に関する用語[1]である。「黄金の72時間」 (Golden 72 Hours)[2] 「被災から72時間」[3]とも呼ばれる。
概要
編集「72時間の壁」という用語は2004年(平成16年)に神戸新聞が使用している例が見られ[4]、その後の災害救助の記事でも使用例が見られる。
日本で用いられる「72時間の壁」という用語は、朝日新聞によれば、
- 一般に、人間が飲まず食わずで生き延びられる限界が72時間である。
- 1995年(平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)において、救出者中の生存者の割合が、発生から3日を境に急減した。
という2点を根拠とした表現ということになっている[5]。
受傷からの時間経過と死亡率との間に科学的に明確な関係は認められないとの考察が北米における研究ではなされており、時間経過で区切った「外傷の黄金時間」そのものが疑問視されている[6]。
用例
編集日本国内・国外のマスメディアの日本語報道における「72時間の壁」との表現の使用例は、2016年(平成28年)4月14日発生の熊本地震[7][8][9][10][11]や同年4月16日発生のエクアドル地震で見られた[12][13]。同年8月24日に発生したイタリア中部地震では「発生から72時間」「発生(後)72時間」と表現された[14][15][16][17]。「72時間の壁」は2017年(平成29年)の7月の九州北部豪雨[18][19]や9月7日に発生したメキシコ地震(チアパス地震)[20]、『「発生後72時間」の壁』はメキシコ地震で表現された[21]。
日本のマスメディア[† 1][22]は、発災時刻から72時間目が刻々と近付く状況を『生存率が急激に低下するとされる「72時間の壁」』[23][24][25][26][27]、『迫る「72時間の壁」』と表現していた[7]。
セウォル号沈没事故(2014年4月16日発生)[28]、広島土砂災害(2014年8月20日発生)[23][24][29]、御嶽山噴火災害(2014年9月27日発生)[25][26]、サイクロン・パムによるバヌアツの被害(2015年3月15日夜 - 16日にかけて最接近)でも表現された[3]。
国土交通省関東地方整備局の首都直下型地震への対応においても、「72時間の壁」を根拠として発災後48時間以内に取るべき行動を示したり[30]、防衛白書においても平成25年(2013年)台風第26号における救助活動の考察において「72時間の壁」が用いられたり[31]、政府広報でも「災害医療分野で生死を分けるタイムリミット」として「72時間の壁」が用いられたり[32]、内閣府でも災害対策基本法の説明で「災害発生時の人命救助は、72時間が経過すると生存率が急激に低下するという『72時間の壁』」と記されたりしている[33]。
「72時間の壁」と科学的根拠との関係
編集英語圏のサバイバル業界においてしばしば用いられる、人の生存の目安 "rule of threes"(3の法則)を以下に示す[34][35]。特に、太字で示したものは確からしいと考えられている[34][35]。
You cannot survive for more than: |
3 seconds without blood | 血液(血流)なしでは3秒間 |
3 minutes without air | 空気(酸素)なしでは3分間[36] | |
3 hours without warmth/shelter | 保温(体温保持)なしでは3時間[36] | |
3 days without water | 水(飲水)なしでは3日間[36] | |
3 weeks without food | 食糧(摂食)なしでは3週間 | |
3 months without human company | 同行者なし(孤立)では3ヶ月間 |
この "rule of threes"(3の法則)によれば、水を飲まなければ3日間(=72時間であるが、有効数字的には60~84時間であろう)でおおよその生存限界となり、脱水症状によって死に至ることになる。しかし、脱水症状は天候などに大きく左右され、気温が高ければ熱中症を合併して症状はさらに悪化する。逆に、快適な空間であれば大人は飲水なしで1週間以上生き延びられるという[37]。
日本語以外での使用例
編集- 台湾 : 日本語の「黄金の72時間」にあたる中国語(繁体字)「黃金72小時」が用いられる[40][41]。
- 中国 : 日本語の「黄金の72時間」にあたる中国語(簡体字)「黄金72小时」が用いられる[42][43][44]。
- 韓国 : 日本語の「72時間の壁」にあたる朝鮮語「72시간의 벽」を、カンタベリー地震(2011年2月22日発生)の報道でソウル新聞が用いた例がある[45]。
- アメリカ合衆国 : 日本語の「発災から72時間」にあたる英語「the first 72 hours」が用いられる[46]。アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁 (FEMA) などでは、災害時にライフラインが途絶するなどした被災地に住む被災者への公的支援が行き届くまでのおおよその時間として用いられる[47][48]。
日本語の「72時間の壁」にあたる英語には「the 72-hour window[49]」あるいは「the 72-hour golden window[50]」があり、日本語の「黄金の72時間」にあたる英語には「the golden 72 hours[51][52]」がある。これらは東アジアや南アジアなどの英字新聞やアジア系記者の記事等で主に用いられる。NHKワールドでは「the critical 72-hour period」との表現を用いている[53]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ 脱水・低温…生存への72時間の壁「チャンスがないわけでは…」(産経新聞 2011年3月14日)
- ^ 21世紀文明研究セミナー2009 ~大震災教訓発信シリーズ“もっと伝えよう”~ 「海外の広域災害における我が国の緊急医療援助」 (PDF) (東京臨海病院 2009年11月6日)
- ^ a b 通信途絶で救助難航=サイクロン直撃から「72時間」-バヌアツ(時事通信 2015年3月16日)
- ^ 震災10年 守れ いのちを 第2部 72時間の壁(神戸新聞 2004年7月21日~7月28日)
- ^ 災害医療 > 関連キーワード > 72時間の壁(朝日新聞 2014年8月23日)
- ^ Emergency Medical Services Intervals and Survival in Trauma: Assessment of the “Golden Hour” in a North American Prospective Cohort(アメリカ国立医学図書館、アメリカ国立衛生研究所。2009年9月23日発表)
- ^ a b 自衛隊や警察などが懸命の捜索、迫る「72時間の壁」(TBS News i 2016年4月17日)
- ^ 「72時間の壁」余震の中…数千人態勢、懸命の捜索再開 南阿蘇村の不明者(産経新聞 2016年4月18日)
- ^ 72時間の壁に挑む…東日本大震災でも活躍「国際救助犬」投入(スポーツ報知 2016年4月19日)
- ^ 広域技能指導官/5止 第1機動隊訓練班班長・山元剛警部補 (41) /神奈川(毎日新聞地方版 2016年8月4日)
- ^ 72時間の壁、生存率低下(大分合同新聞 2016年4月19日)
- ^ エクアドル地震、依然1700人の安否不明 死者480人に(AFPBB News 2016年4月20日)
- ^ 娘と赤ちゃん置いて逃げるしか――エクアドル地震の被災男性(BBC NEWS JAPAN 2016年04月21日)
- ^ イタリア地震 発生72時間迫る 救助活動は難航 - YouTube(ANNニュース 2016年8月27日)
- ^ イタリア地震72時間に 住民が一時帰宅も(日テレNEWS24 2016年8月27日07:46)
- ^ イタリア地震 死者は281人に 発生72時間が迫る中、救助難航(フジニュースネットワーク 2016年8月27日08:03)
- ^ イタリア地震、懸命の捜索…発生72時間迫る(読売新聞 2016年08月26日)
- ^ 【九州豪雨】近づく「72時間の壁」。孤立集落で中断した救助作業、母を待つ家族の涙(BuzzFeedNEWS 2017年7月7日)
- ^ 募る焦り「一刻も早く」=救出阻む大量流木-犬も投入し捜索・福岡県朝倉市(時事通信 2017年7月8日)
- ^ メキシコ地震死者90人に 72時間超え、救出急ぐ(日本経済新聞 2017年9月11日)
- ^ メキシコ地震、「72時間」経過後も捜索継続 日本などの救助隊も活動(AFP 2017年9月23日)
- ^ 72時間の壁、生存率低下(大分合同新聞)
- ^ a b 【広島土砂災害】 生存率下げる「脱水症状」と「低体温症」 "72時間の壁" 超える生存例も(産経新聞 2014年8月21日)
- ^ a b 広島、迫る「72時間の壁」 雨中の捜索、不明52人に(朝日新聞 2014年8月22日)
- ^ a b 御嶽山噴火:発生から3日 救出活動に火山ガスの壁(毎日新聞 2014年9月30日)
- ^ a b 苦渋の丸一日捜索活動断念 「72時間の壁」無情にも経過…足止め隊員ら無念(産経新聞 2014年9月30日)
- ^ 素早く"被災者" 発見…京大災害ロボ日本一(読売新聞 2014年6月26日)
- ^ 事故発生から「72時間」経過 進まぬ捜索、いらだつ不明者家族(産経新聞 2014年4月19日)
- ^ 広島土砂災害 生存率下げる脱水症状と低体温症…「72時間の壁」迫る(産経新聞 2014年8月22日)
- ^ 首都直下地震道路啓開計画(初版)の概要 (PDF) (国土交通省関東地方整備局)
- ^ <VOICE>台風第26号にともなう行方不明者捜索にかかる災害派遣(ツバキ救出作戦)に参加して(防衛省「平成26年度版防衛白書」)
- ^ 「助け合える地域づくり」で自然災害から命を守る(内閣府「政府広報」)
- ^ 義務付け・枠付けの見直し(第4次見直し)に係る提案事項等一覧 (PDF) ( 内閣府「義務付け・枠付けの第4次見直しについて」 2013年3月12日閣議決定)
- ^ a b c Wilderness survival: The rule of threes(CNN 2006年12月7日)
- ^ a b c Survival Essentials: How To Survive In The Wilderness
- ^ a b c 世界のどこでも生き残る完全サバイバル術(ナショナルジオグラフィック 2011年8月25日発行)
- ^ How long can the average person survive without water?(サイエンティフィック・アメリカン 2002年12月9日)
- ^ 大規模地震災害時における病院間の傷病者搬送に関する考察 ― 阪神・淡路大震災時における分析を通してー (PDF) (地域安全学会論文集 No.19 2012年3月)
- ^ 第3節 遺体の安置・埋火葬 (PDF) (神戸大学)
- ^ Interview with President Ma Ying-jeou, Taipei mayor at the time of 921 Earthquake(921 10th Anniversary of the 1999 Chi-Chi Earthquake 2009年8月26日)
- ^ 黃金72小時關鍵! 有水有空氣活埋可生還(TVBS新聞 2016年2月7日)
- ^ 黄金时限过 搜救难度大(江南时报 2002年5月30日)
- ^ 抗震第三日:全力救援 争夺“黄金72小时”(图)(人民日報 2013年4月23日)
- ^ 与生命赛跑的“黄金72小时”(新華社 2013年04月24日)
- ^ 실종 226명 ‘죽음과의 사투’… 72시간의 벽 넘어라(ソウル新聞 2011年2月25日)
- ^ How Not to Report on an Earthquake(ニューヨーク・タイムズ 2015年4月28日)
- ^ Can You Go It Alone For Three Days?(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁 2001年1月31日)
- ^ FEMA Strategic Plan, Fiscal Years 2011-2014, FEMA P-806 (PDF) (アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁 2011年2月)
- ^ Victims twice over: MSF continues to assist people affected by the two earthquakes in Nepal(国境なき医師団・カナダ 2015年6月2日)
- ^ Taiwan rescuers race to search for victims as 72-hour 'golden window' closes(The Star 2016年2月9日)
- ^ Quake-affected victims and rescuers after 'golden 72 hours' for saving lives(Sino-Us.com 2014年8月8日)
- ^ Dogs that Save Lives(日本財団 2014年6月6日)
- ^ Critical 72-hour period ends in Italy(NHKワールド 2016年8月27日)