頼 成一(らい せいいち、1891年〈明治24年〉8月31日 - 1951年〈昭和26年〉7月21日)は、日本の国文学者、漢文学者。
旧制東京高等学校教授、東京高等師範学校教授。頼山陽5世子孫。号は楳崖(ばいがい)。広島県士族。
東京帝国大学卒業。旧制愛知県立第一中学校教諭、旧制東京高等学校教授、東京高等師範学校教授。
戦後、地元広島の旧制尾道市立女子専門学校校長、尾道短期大学初代学長。
同じく漢文学者の頼惟勤は息子。