般若経
般若経(はんにゃきょう、梵:Prajñāpāramitā sūtra, プラジュニャーパーラミター・スートラ)は、大乗仏教経典の中でも特に般若波羅蜜(般若波羅蜜多)を強調して説く経典群の総称[1][2]。
一般に空を説く経典とされているが、同時に呪術的な面も色濃く持っており[3]、密教経典群への橋渡しとしての役割を無視することはできない。
歴史
編集最も早く成立した最初の大乗仏教経典群とされる[4]。紀元前後ころから1世紀の半ばころまでに成立したと考えられている『八千頌般若経』が最も古く基本的なものとされるが[4]、その後数百年に渡って様々な「般若経」が編纂され、また増広が繰り返された。
中国では下記するように各時代ごとに経典が持ち込まれ翻訳がなされてきたが、唐の玄奘が西域から関連経典群を持ち帰って漢訳し、集大成したとされるのが『大般若波羅蜜多経』600余巻(660-663年)であり、これはあらゆる経典中最大のものである[4]。
内容
編集如幻論
編集→「マーヤー」も参照
般若経では一般的に、全ての法(現象)は、幻(māyā)、夢(svapna)、蜃気楼(gandharvapura)のようなものであると述べられている[5]。金剛般若経では以下の様に説かれる。
即非の論理
編集『金剛般若経』では「A は A ではない、したがってAである」という形式の文章が使われる。中村元は、この否定を「即非の論理」と呼んでいる[7]。たとえば金剛般若経で以下のように述べられる。
須菩提。所言一切法者。即非一切法。是故名一切法。
須菩提よ、一切法と言う所は、即ち一切法に非(あら)ず。これゆえ一切法と名づく。
主な般若経典
編集- アシュタサーハスリカー・プラジュニャーパーラミター・スートラ)
- 紀元前後1世紀ころ成立し大乗仏教初期に編纂され後の仏教発展の基礎となったと考えられている。
- 現存サンスクリット本に対応する残存する漢訳は、『道行般若経』支婁迦讖訳(179年)、『(小品)摩訶般若波羅蜜経』鳩摩羅什訳(408年)、のほか計4本である。
- 『二万五千頌般若経』 (にまんごせんじゅはんにゃきょう、梵: Pañcaviṃśatisāhasrikā-prajñāpāramitā Sūtra
- パンチャヴィンシャティサーハスリカー・プラジュニャーパーラミター・スートラ)
- 『十万頌般若経』 (じゅうまんじゅはんにゃきょう、梵: Śatasāhasrikā-prajñāpāramitā Sūtra
- ヴァジュラッチェーディカー・プラジュニャーパーラミター・スートラ)
- プラジュニャーパーラミター・フリダヤ)
- 『大般若波羅蜜多経』 (だいはんにゃはらみったきょう、大般若経)
- 唐の玄奘が西域から関連経典を持ち帰って漢訳し、集大成したとされる。16会600巻。
- 『第一会』(第1-400巻)は、『十万頌般若経』の類本とされるが、その対応は明確でない。
- 『第二会』(第401巻-第478巻)は、『二万五千頌般若経』に相当する。
- 『第四会』(第538巻-第555巻)及び『第五会』(第556巻-第565巻)は、『八千頌般若経』に相当する。
- 『第九会 能断金剛分』(第577巻)は、『金剛般若経』に相当する。
- 『第十会 般若理趣分』(第578巻)は、真言宗で重用する『理趣経』即ち『大楽金剛不空真実三摩耶経 般若波羅蜜多理趣品』不空訳(720年 - 774年)と比較的近いサンスクリット本の翻訳とされている。
- 『第十六会 般若波羅蜜多分』(第593巻-第600巻)は、登場する菩薩の名に因んで『善勇猛般若経』(ぜんゆうみょうはんにゃきょう)として知られる。
日本語訳
編集- 坂本幸男、中村元、長尾雅人『大般若波羅蜜多経』(1970年 <國譯一切經印度撰述部 般若部 1-6巻 大東出版社 ISBN 978-4-500-00020-3
- 椎尾辨匡 『國譯訳摩訶般若波羅密經』(1918年 國譯大藏經 經部 2~3巻 解題・原文 国民文庫刊行会、原文は弘教藏より収録、1974年第一書房から復刊)、 2) ISBN 978-4-8042-0243-3、 3) ISBN 978-4-8042-0244-0
- 長尾雅人、戸崎宏正訳注 『金剛般若経 善勇猛般若経』 <大乗仏典 般若部経典1> (中央公論社、新版・中公文庫)
- 梶山雄一、丹治昭義訳注 『八千頌般若経』 <大乗仏典 般若部経典2・3>(同上)。ISBN 978-4122038837
- 平井俊榮訳注 『般若経 般若心経 金剛般若経 大品般若経(5品のみ)』(1986年 筑摩書房〈仏教経典選〉/2009年ちくま学芸文庫)-大正蔵からの訳注文献 ISBN 978-4-480-09247-2
- 中村元、紀野一義訳注 『般若心経 金剛般若経』(岩波文庫(改版))、ワイド版も刊
- 中村元訳・解説 『現代語訳大乗仏典1 般若経典』 (東京書籍 新版2003年) ISBN 978-4487732814
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ 「般若経」- デジタル大辞泉、小学館。
- ^ 「般若経典」- ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、Britannica Japan
- ^ 平川 1971, pp. 587–589.
- ^ a b c 『般若経』 - コトバンク
- ^ Williams, Paul; Mahayana Buddhism, the doctrinal foundations, pages 52.
- ^ 「金剛般若経」『SAT大正新脩大藏經テキストデータベース』、東京大学大学院人文社会系研究科、No.0235, 0748c27、2018年 。
- ^ Nagatomo 2000, pp. 213, 238.
- ^ 藤谷厚生, 「金光明経の教学史的展開について (PDF) 」『四天王寺国際仏教大学紀要』 平成16年度 大学院 第4号 人文社会学部 第39号 短期大学部 第47号, p.1-28(p14), NAID 110006337539
- ^ 出三蔵記集卷十『大智論記』
- ^ 『大乗仏典 般若部経典 1』 長尾雅人・戸崎宏正訳 中公文庫 p326
- ^ 「世界大百科事典 第2版」2006年 平凡社
- ^ チベット語訳 『金剛般若経』 と 『法華経』 について 庄司 史生 p38
参考文献
編集- Nagatomo, Shigenori (November 2000). “The Logic of the Diamond Sutra: A is not A, therefore it is A”. Asian Philosophy 10 (3): 213–244. doi:10.1080/09552360020011277.
- 平川彰「般若経と六波羅蜜経」『印度學佛教學研究』第19巻第2号、日本印度学仏教学会、1971年、584-592頁、doi:10.4259/ibk.19.584。