深徳院(しんとくいん、元禄元年(1688年) - 正徳3年10月24日(1713年12月11日))は、紀州藩第5代藩主徳川吉宗(後の江戸幕府第8代将軍)の側室で、第9代将軍徳川家重の生母。
父は紀州藩士の大久保忠直。母は同じく紀州藩士内藤幸右衛門守政の娘。俗名は須磨(須摩)。
吉宗の側室となり、正徳元年(1711年)12月21日に家重を生んだ。正徳3年(1713年)にも懐妊したが、同年10月24日[1]、赤坂の紀州藩邸において難産のため母子ともに死去した。享年26。戒名は深徳院妙順日喜大姉。墓所は池上本門寺。
宝暦13年(1763年)4月16日、従二位が追贈された。