山倉たかし
日本の編曲家、作曲家
山倉 たかし(やまくら たかし)は、日本の作曲家、編曲家である。
山倉 たかし Takashi Yamakura | |
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出身地 | 日本 |
ジャンル | 歌謡曲、ボサノヴァ、ジャズ |
職業 | 作曲家、編曲家 |
活動期間 | 1960年代 - |
レーベル | テイチクレコード |
人物・来歴
編集テイチクレコード(現テイチクエンタテインメント)で、1965年(昭和40年)、石原裕次郎のシングル『赤い谷間のブルース』の編曲を行なって以来、1977年(昭和52年)のシングル『霧の波止場で』、次のシングル『紫の雨』のC/W曲『海を離れた男のブルース』まで、36曲のシングル曲の編曲を手がけた。当時の代表曲は浜口庫之助作曲の『夜霧よ今夜も有難う』(1967年)、『粋な別れ』(同)など。池田充男、野崎真一、萩原四朗、上原賢六らに重用された。また同1965年には、渡哲也の『東京流れ者』(作詞高月ことば)の編曲を手がけた。
ジャズアレンジを得意とし、1967年(昭和42年)には、世良譲トリオが当時21歳の笠井紀美子を迎えたボサノヴァ・アルバム『ザ・モダン・プレイング・メイト』に、笠井、世良、栗田八郎(ベース)、ジミー竹内(ドラムス)、川原正美(コンガ)、池田晴紀(ボンゴ)とともに編曲家として参加[1]。
1970年代には、国際放映が製作したフジテレビジョンの時代劇の劇伴を手がけた。
世良、笠井らとのアルバム『ザ・モダン・プレイング・メイト』は、1998年(平成10年)6月24日と2007年(平成19年)7月6日の2度にわたりCD化された[1]。
おもなディスコグラフィ
編集- 石原裕次郎
- 『赤い谷間のブルース』 (1965年)
- 『夜霧よ今夜も有難う』 (1967年)
- 『粋な別れ』 (1967年)
- 渡哲也『東京流れ者』 (1965年)
- 三ッ浜文子『名古屋中村なみだ雨/北浜ブルース』 (1968年)
- 木立じゅん『484のブルース』 (1968年、補作曲)
- 尾崎奈々
- 『バラ色の町』(1968年)
- 『赤い波』(1968年)
- 三波春夫『ご存知右門ここに居る』(1969年)
- 若山富三郎『雪に追われた流れもの』(1969年)
- 石川美沙『燃えて燃やして燃えつきて』(1969年)
- 三朝れい子『恋は霧の中/レモンのくちづけ』(1970年)
- 涼川真里
- 『湖に眠る恋/愛はあなただけ』(1969年)
- 『こんなにこんなに愛してる/幻のくちづけ』(1969年)
- 『雨の中で泣いちゃった/あなたのとりこ』(1970年)
- 『新宿気まぐれ』(1970年)
- 『白いシャム猫/時計』(1971年)
- 鈴木次郎『恋地獄のブルース』(1970年)
- 桂木圭子『女上位のブルース/新宿流れ花』(1970年)
- 一条るり子
- 『花と蜜蜂』(1972年)
- 『女のギター』(1972年)
フィルモグラフィ
編集テレビ映画
編集脚注
編集出典
編集- ^ a b #外部リンク内のYahoo! ミュージック「ザ・モダン・プレイング・メイト」リンク先の記述を参照。