安部信之
江戸時代前期の大名。武蔵岡部藩2代藩主。従五位下・丹波守。安部信盛の長男
安部 信之(あんべ のぶゆき)は、江戸時代前期の大名。武蔵国岡部藩2代藩主。官位は従五位下・丹波守。
時代 | 江戸時代前期 |
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生誕 | 慶長9年(1604年) |
死没 | 天和3年7月28日(1683年9月18日) |
改名 | 弥一郎(幼名)、信之 |
戒名 | 智海院性実元忠 |
墓所 | 埼玉県深谷市の源勝院 |
官位 | 従五位下丹波守 |
幕府 | 江戸幕府 |
主君 | 徳川家綱 |
藩 | 武蔵岡部藩主 |
氏族 | 安部氏 |
父母 | 父:安部信盛、母:保科正直娘(徳川家康養女) |
兄弟 |
信之、信孝、貞信、信政、信秀、信重、 信直、小出有棟正室、向井忠宗室、 服部正勝室、仙石久信正室 |
妻 |
正室:植村家政娘 継室:長谷川正尚娘 |
子 | 信友、信厚、信世、信治、池田政武正室、松平忠明室、小浜広隆継室、秋鹿道重室、一色範風室 |
経歴
編集慶長9年(1604年)、初代藩主・安部信盛の長男として誕生。寛永9年(1632年)12月に従五位下・丹波守に叙位・任官する。寛永11年(1634年)7月、3代将軍・徳川家光の上洛に従った。
寛文2年(1662年)3月6日、父の隠居により家督を継いだ。このとき、弟の信秀に1000石、信直に1000石を分与したため、岡部藩の所領は1万7250石となる。寛文8年(1668年)8月に大坂定番に任じられ、三河国宝飯郡に3000石を加増されて2万250石となる。延宝5年(1677年)6月に大坂定番を辞職し、延宝6年(1678年)4月2日に家督を長男・信友に譲って隠居した。
系譜
編集父母
正室、継室
子女