南アフリカ国防軍(みなみアフリカこくぼうぐん、英語: South African National Defence Force、略称:SANDF)は、南アフリカ共和国軍隊である。

南アフリカ国防軍
South African National Defence Force
南アフリカ国防軍の軍旗
創設 1994年
派生組織
本部 ハウテン州ツワネ市都市圏(プレトリア
指揮官
司令官
総人員
徴兵制度
財政
予算 37億 USドル(2007)
軍費/GDP 1.3 %(2007)
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概要

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3軍と統合医療部隊で構成されている。これら4軍は統合作戦機関によって統括されるが、特殊部隊旅団は統合作戦機関から直接指令を受けて作戦を実行する。

歴史

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ボーア戦争後の南アフリカ軍の歴史は、南アフリカ連邦成立後の1912年に編成された南アフリカ連邦防衛軍英語版を発祥とする。現在の南アフリカにあたるケープ植民地イギリス支配下となり、当初はイギリス軍の予備部隊として誕生した。

1966年に南アフリカの国防大臣となったピーター・ウィレム・ボータは同年に始まる南アフリカ国境戦争を担当した際に国内の治安維持に特化していた南アフリカ防衛軍英語版(SADF)を国外の脅威に対処できる軍隊に作り変える必要性を認識した[1]。特にアパルトヘイトに対する国際連合経済制裁が武器禁輸として本格化してからは、同じアフリカの白人国家でありながらも軽歩兵が中心で工業力の弱さから装甲車などが十分とは言えなかったローデシア軍と異なり、他のアフリカ諸国よりも近代的で優れた軍事力を持つことに努めた[2][3][4][5]

ボータの首相および大統領就任以降はさらに軍備を増強し[6]大量破壊兵器の開発にも踏み込んだ(後述)。

1975年からは南アフリカ領南西アフリカナミビア)の国境紛争だけでなく、隣国のアンゴラに武力侵攻するサバンナ作戦英語版を開始してアンゴラ内戦にも直接介入するようになった。特に1987年から1988年にかけて南アフリカの支援するアンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)と対立していたアンゴラ解放人民運動(MPLA)とその後ろ盾のキューバ軍と交戦したクイト・クアナヴァレの戦い英語版第二次世界大戦以来のアフリカ大陸での大規模な戦闘の一つともされた[7]

1994年のアパルトヘイト政策廃止に伴い、白人中心の南アフリカ防衛軍を再編成する形で設立された。白人黒人混成の対ゲリラ軽歩兵大隊の第32大隊はアパルトヘイト時代の行為を原因として、ネルソン・マンデラ政権によって縮小・解体された。この時にはバントゥースタンのうち「独立国」となっていたトランスカイボプタツワナヴェンダシスカイの軍隊[注釈 1]の兵員や、アフリカ民族会議インカタ自由党、パン・アフリカニスト会議の武装勢力[注釈 2]の構成員が編入されており、現在SANDFの兵員は黒人70.6%、白人15.7%、カラード12.6%、インド系1.1%で構成されている。

南アフリカの大量破壊兵器開発

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南アフリカは白人政権時代、生物兵器化学兵器核兵器といった大量破壊兵器を保有した[8][9]。1981年に開始された生物化学兵器開発「プロジェクト・コースト」では炭疽菌ボツリヌス菌のほか暗殺用毒物を研究し、黒人の人口増加を抑制するための不妊化ワクチンの研究も議論された。アパルトヘイト政策の放棄後、ネルソン・マンデラが大統領に就任した翌年の1995年にプロジェクトは廃止された[10]

イスラエルから導入したエリコを基に弾道ミサイルRSAシリーズ英語版も開発した[11]

南アフリカとイスラエルによる共同核実験の疑いについては「ヴェラ事件」(1979年)を参照。

南アフリカ陸軍

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アメリカ軍との共同訓練時において、仮想敵を演じる南アフリカ軍兵士 (2013年)

センチュリオン戦車の改修モデルであるオリファント戦車BL 5.5インチ砲などイギリス軍装備の他に、ルーイカット装甲車ラーテル歩兵戦闘車キャスパー装甲兵員輸送車ブッフェル装甲兵員輸送車G6ライノ155mm自走榴弾砲など国産の機械化装備が揃っていた。近年では国連軍の一員としてコンゴ中央アフリカの紛争に参加している。

歩兵の個人装備としてはFN FALライセンスコピーのR1~R3シリーズの後継として採用されたIMI ガリルのライセンスコピーであるベクターR4~R6シリーズが中心となっているが、リボルビンググレネードランチャーであるダネルMGL、機関砲弾である20mm弾を使用する対物狙撃銃ダネル NTW-20といったユニークな装備も見られる。機関銃は当初FN MAGが使われていたが、1977年以降は国産のSS-77機関銃へと切り替わっていった。

対戦車兵器としては、紛争時の鹵獲品であったRPG-7と国産品のダネル FT5ロケットランチャー、ZT3イグウェ・ミサイルを主に使用している。他にもミラン ERM40 106mm無反動砲といった輸入品の装備も見られる。

南アフリカ海軍

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ヴァラー級フリゲート「スピオエンコプ」

主な任務は、3,000kmにも及ぶ広大な沿岸と海産資源が豊富な経済水域の警備が主な任務である。これらの任務に加えて、外洋海軍としての方向性を打ち出すことを目的とした「海軍増強近代化11カ年計画」を発表し、海軍の改革に努めている。海軍航空隊は保有しておらず、艦載ヘリコプターは空軍の第22飛行隊英語版が運用している。

計画の第1段として、ドイツからMEKO200(MEKO A-200 SAN)を購入し、2006年から2007年ヴァラー級として4隻就役した。1番艦であるアマトラは、ドイツ・キールB V社で建造され、南アフリカに運ばれた。到着後は、乗員の習熟訓練を行い、2006年2月に就役した。潜水艦も老朽化したダフネ級2隻に変わり、ドイツからU209型潜水艦を購入した。

南アフリカ空軍

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JAS 39C

南アフリカ空軍は、第二次世界大戦中はイギリス空軍の一部として創設され、現在に至っている。

他国では陸軍航空隊で運用されることの多い攻撃ヘリを空軍で運用していることで有名である。攻撃ヘリには国産のAH-2 ローイファルクを運用している。主力戦闘機は、チーターを採用していたが、チーターの後継機として、2008年3月からスウェーデンよりサーブ・グリペンを購入。マカド基地のNo2Sqn(第2飛行隊)に配備されている。製造は2014年まで続ける予定のようで、二個目の飛行隊も編制する。その他の航空機は、MB-326Kインパラ1攻撃機及びMB-326Mインパラ2練習機の後継となるホーク Mk.120を運用している。

2023年10月18日、タンディ・モディゼ英語版国防大臣は、経済低迷に伴う予算不足で、空軍の航空機のうち稼働するのは15%のみであると発表した。主力のグリペンは26機中2機、ホーク Mk.120は24機中3機のみ稼働しており、他の388機も188機が定期的な点検が行えず飛行停止または飛行不能で、60機が大規模な修理が必要、27機が修理待ち、6機が修理中、3機は経年劣化と交換部品が無いため破棄されたという[12]

南アフリカ総合医療部隊

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脚注

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注釈

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  1. ^ トランスカイ国防軍英語版ボプタツワナ国防軍英語版ヴェンダ国防軍英語版シスカイ国防軍英語版。これらの軍隊は1994年のバントゥースタン解体・南アフリカへの再統合に伴い、第14英語版(トランスカイ)、第10英語版(ボプタツワナ)、第21英語版(シスカイ)、第15英語版(ヴェンダ)の1個ずつ、計4個の歩兵大隊に再編成されたうえで南アフリカ陸軍に編入された。
  2. ^ アフリカ民族会議傘下のウムコントゥ・ウェ・シズウェや、パン・アフリカニスト会議傘下のアザニア人民解放軍英語版など。

出典

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  1. ^ Scholtz, Leopold (2013). The SADF in the Border War 1966-1989. Cape Town: Tafelberg. ISBN 978-0-624-05410-8.
  2. ^ The South African Deal: A Case Study in the Arms Trade
  3. ^ Jacklyn Cock, Laurie Nathan (1989). War and Society: The Militarisation of South Africa. New Africa Books. ISBN 978-0-86486-115-3.
  4. ^ Thomas McGhee, Charles C.; N/A, N/A, eds. (1989). The plot against South Africa (2nd ed.). Pretoria: Varama Publishers. ISBN 0-620-14537-4.
  5. ^ Duignan, Peter. Politics and Government in African States 1960–1985. pp. 283–408.
  6. ^ < Learners books” (PDF). www.apartheidmuseum.org. 2019年5月15日閲覧。
  7. ^ Mills, Greg; Williams, David (2006). Seven Battles that Shaped South Africa. Cape Town: Tafelberg. ISBN 978-0-624-04298-3.
  8. ^ Gould, Chandré (2006) South Africa's Chemical and Biological Warfare programme 1981–1995, PhD thesis. Rhodes University.
  9. ^ South Africa's Nuclear Weapons Program - Building Bombs”. nuclearweaponarchive.org. 2018年1月9日閲覧。
  10. ^ 【世界発2021】「ドクター・デス」は現役医師/南ア・アパルトヘイト時代 生物化学兵器の開発を主導朝日新聞』朝刊2021年6月4日(国際面)2021年6月10日閲覧
  11. ^ Leon Engelbrecht (2010年1月4日). “Book Review: How SA built six atom bombs”. 2020年12月9日閲覧。
  12. ^ 乗りものニュース編集部 (2023年10月28日). “「戦わずして空軍が瀕死の状態!」南アフリカ政府が驚愕の稼働率を発表 どうしてこうなった!?”. 乗りものニュース. https://trafficnews.jp/post/128981 2023年10月29日閲覧。 

関連項目

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バントゥースタン(ホームランド)の軍隊。1994年のバントゥースタン解体に合わせて消滅。

外部リンク

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