ラフ語 (らふご) は、中国雲南省ミャンマーシャン州ラオスタイ、及びベトナムに居住するラフ人の言語である[2][3]アカミエンといった周辺の山岳民族の間でも、共通語として用いられている[3]

ラフ語
話される国 ミャンマー, 中国, ラオス, タイ, ベトナム
民族 ラフ族
話者数
言語系統
言語コード
ISO 639-3 各種:
lhu — ラフ語
lhi — ラフ・シ語
lkc — クツォン語
Glottolog laho1234[1]
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シナ・チベット語族に属するラフ語は、彝語アカ語リス語などと共に、ロロ諸語を形成している[4]

分布

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西田龍雄ラフの居住地域を以下の4つに区分している[2]

このうちミャンマー・ラオス・タイのラフは、中国からの「移住民であると考えて、ほぼ間違いがない」という[2]ジェイムズ・マティソフは、「コースン」Co xũngと呼ばれるベトナムのラフにも言及している[3]

マティソフの推計によると、ラフの総人口は最大でも60万人ほどである[5]

変種

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ラフ語の方言は、ラフ・ナ語 (Lahu Na, 黒ラフ語) とラフ・シ語 (Lahu Shi, 黄ラフ語)に大別できる。他にラフ・プ語 (白ラフ語) と呼ばれる変種の存在も知られている[2][3]。話者人口が圧倒的に多いのはラフ・ナ語である[3]

ジェイムズ・マティソフは、新約聖書のラフ語訳にも使用された、「標準ラフ・ナ語 (standard Black Lahu)」という変種の体系的な記述を行っている[6]西田龍雄タイチエンラーイ県で話されるラフ・シ語の概略について発表している[7]

音韻論

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「標準ラフ・ナ語」は、24の子音と9個の母音、7つの声調音素として持つ[8]子音連結は存在しない[9]

ラフ・ナ語の子音目録 (Matisoff 2003: 210)
唇音 歯音 硬口蓋音 軟口蓋音 口蓋垂音
閉鎖音 無声 p t c k q
有気
有声 b d j [ɟ] ɡ
摩擦音 無声 f š [ʃ] h [x ~ h]
有声 v g̈ [ɣ]
鼻音 m n ŋ
接近音 l y [j]
  • /pu, pʰu, bu, mu/は[pfɯ, pfʰɯ, bvɯ, mvɯ]として実現される。
  • /cɨ, cʰɨ, ɟɨ, ʃɨ, jɨ/は[tsɹ̩, tsʰɹ̩, dzɹ̩, sɹ̩, zɹ̩]として実現される。
ラフ・ナ語の母音目録 (Matisoff 2003: 210)
前舌母音 中舌母音 後舌母音
狭母音 i ɨ u
中母音 e ə o
広母音 ɛ a ɔ
ラフ・ナ語の声調 (Matisoff 2003: 209)
33 ˧ ca [ca˧]「探す」
35 ˦˥ [ca˦˥]「茹でる」
53 ˥˧ [ca˥˧]「食べる」
21 ˨˩ [ca˨˩]「凶暴な」
11 ˩ [ca˩]「養う」
54ʔ ˥˧ʔ câʔ [ca˥˧ʔ]「紐」
21ʔ ˨˩ʔ càʔ [ca˨˩ʔ]「押す、機械」

語順

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ラフ語の基本語順SOV型である[10]。動詞の後方にはアスペクト時制などを表す助詞が付く[10]。また、名詞句の後方にはを表す標識が現れる[10]

形容詞」は修飾する名詞の後ろに付くか、属格ないし名詞化英語版標識のveを伴って名詞の前に付く[11]指示詞のchi及びô ve[注釈 1]も、名詞の前方・後方ともに出現可能しうる[12]

  • chi「これ」
    • chɔ chi「この人」(人 これ)
    • chi ve chɔ「この人」(これ の 人)
    • chɔ chi ve「この人」(人 これ 名詞化)
  • ô ve「それ/あれ」
    • há-pɨ ô ve 「あの岩」(岩 あれ)
    • ô ve há-pɨ「あの岩」(あれ 岩)

名詞類

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標準ラフ・ナ語の人称代名詞は、複数接辞として-hɨ, 双数接辞として-hɨ́ màまたは-hɨ́ nɛ̀を取る[13]

ラフ語の主語人称接辞 (Matisoff 2003: 214)
単数 複数 双数
一人称 ŋà ŋà-hɨ ŋà-hɨ́ mà
二人称 nɔ̀ nɔ̀-hɨ nɔ̀-hɨ́ mà
三人称 yɔ̂ yɔ̂-hɨ yɔ̂-hɨ́ mà

なお、標準ラフ・ナ語の普通名詞においては区別されない一方[13]西田龍雄が調査したチェンライのラフ・シ語では有生名詞に複数標識-hìh, 無生物には-máhが付く[14]

  • tshɔ́h hìh「人々」ɣă-ma hìh「鶏 (複数)」
  • sɤ̆tsᴇ̂h máh「木 (複数)」

類別詞と数詞

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標準ラフ・ナ語において数詞[注釈 2]は常に類別詞と共に用いられる[15]。これらは名詞が指す対象の属性や形状に応じて使い分けられる。「数詞 類別詞」は名詞の前に現れる。具体的な類別詞としては以下のようなものがある[16][15]

  • g̈â - 人間
  • khɛ - 動物
  • - 場所
  • cɛ̀ - 植物
  • pêʔ - 畑
  • qôʔ - 本、紙
  • qhɔ̂ - 細長いもの
  • câʔ - 糸状のもの
  • šī - まるいもの

また、様々な事物に対して使用できる汎用的な類別詞としてmàやcə̀がある。人間に対してmàを用いると侮蔑的なニュアンスを帯びる[15]

一部の名詞は、そのまま類別詞として使用される[15]

  • yɛ́「家」
    • yɛ́ tê yɛ́「1軒の家」
    • (cf. yɛ́ nî mà「2つの家」)
  • qhâʔ「村」
    • qhâʔ nî qhâʔ「2村の村」

マティソフ時間の単位、「10」や「100」といった概数も一種の類別詞と見做している[15]

    • í-kâʔ tê lîʔ「1リットルの水」
    • là tê khɛ̂「一杯の水」
    • ha-pa「1ヶ月」、ɔ̂ ni「4日」、hí qhɔ̀ʔ「8年」
    • chi「10」、ŋâ ha「500」

格標識

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種々の文法関係を標示する助詞としては、所有を表すveや、目的語を表すthàʔがある[17]

所有者は所有物の前に現れる[18]

  • Lâhū-yâ ve mû-mì「ラフ人の土地」

直接目的語と間接目的語の2つを持つ文において、目的語標識のthàʔは間接目的語の方に付く[15]

lìʔ

chi

これ

ŋà

thàʔ

obj

与える

(完了)

ve

(名詞化)

yò.

(平叙)

lìʔ chi ŋà thàʔ pî tā ve yò.

本 これ 私 obj 与える (完了) (名詞化) (平叙)

「(誰かが) 私にこの本を与えた。」(Matisoff 2003: 215)

目的語標識は名詞化された文にも付く[18]

[yɔ̂

qɔ̀ʔ

戻る

la

来る

ve]

(名詞化)

thàʔ

obj

ŋà

dɔ̂-lɔ

望む

ve

(名詞化)

yò.

(平叙)

[yɔ̂ qɔ̀ʔ la ve] thàʔ ŋà dɔ̂-lɔ ve yò.

彼 戻る 来る (名詞化) obj 私 望む (名詞化) (平叙)

「[彼が戻ってくるの]を私は望む。」(Matisoff 2003: 216)

脚注

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注釈

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  1. ^ 指示詞のô veは、場所を表す指示詞ô「そこ、あそこ」にveが付いたものである[12]
  2. ^ 数詞にはtê「1」からqɔ̂「9」までの数詞のほか、疑問詞qhà-nî「いくつ?」や、数量詞のláy「幾らかの」(シャン語からの借用語) が含まれる。[15]

出典

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  1. ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Lahoid”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/laho1234 
  2. ^ a b c d 西田 1993, p. 377.
  3. ^ a b c d e Matisoff 2003, p. 208.
  4. ^ Matisoff 2006, p. xiii.
  5. ^ Matisoff 2003, p. 209.
  6. ^ Matisoff 1973, p. xliii.
  7. ^ 西田龍雄 (1969)「ラフ・シ語の研究: タイ国チェンライ県におけるラフ・シ族の言葉の予備報告」『東南アジア研究』7(1): 2-39. https://www.jstage.jst.go.jp/article/tak/7/1/7_KJ00000133890/_pdf/-char/ja
  8. ^ Matisoff 2003, pp. 209–210.
  9. ^ Matisoff 2003, p. 210.
  10. ^ a b c 西田 1993, p. 380.
  11. ^ 西田 1993, p. 387.
  12. ^ a b Matisoff 2003, p. 217.
  13. ^ a b Matisoff 2003, p. 214.
  14. ^ 西田 1993, p. 381.
  15. ^ a b c d e f g Matisoff 2003, p. 215.
  16. ^ Matisoff 1973, p. 88.
  17. ^ Matisoff 2003, pp. 215–216.
  18. ^ a b Matisoff 2003, p. 216.

参考文献

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  • 西田, 龍雄 著「ラフ語」、亀井孝, 河野六郎, 千野栄一 編『言語学大辞典 第五巻 補遺・言語名索引編』三省堂、東京、1993年、377-389頁。 
  • Matisoff, James A. (1973). The Grammar of Lahu. Berkeley, California: University of California Press. ISBN 9780520094673. 
  • Matisoff, James A. (2003), “Lahu”, The Sino-Tibetan languages, London: Routledge, pp. 208-221, ISBN 978-0-7007-1129-1. 
  • Matisoff, James A. (2006). English-Lahu Lexicon. Berkeley, California: University of California Press. ISBN 0-520-09855-2.