マドレーヌ・デュポン

デンマークのカーリング選手

マドレーヌ・カンストラップ・デュポンデンマーク語: Madeleine Kanstrup Dupont1987年5月26日 - )は、デンマークカーリング選手。コペンハーゲン出身[2]2004年フランシス・ブロディ賞英語版を受賞した[3]。同じくデンマークのカーリング選手であるデニス・デュポン英語版は姉[4]

マドレーヌ・デュポン
カーリング選手
Madeleine Kanstrup Dupont
基本情報
出生国  デンマーク
出身地  デンマークグロストルプ英語版[1]
生年月日 (1987-05-26) 1987年5月26日(37歳)
身長 172 センチメートル
オリンピック
4人制
出場大会
最高成績 5位
世界選手権
4人制
出場大会
最高成績 22位 銀メダル (2007)
獲得メダル
 デンマーク代表
カーリング
世界選手権
銀メダル - 2位 2007 青森 4人制
銅メダル - 3位 2009 江陵 4人制
ヨーロッパ選手権
銀メダル - 2位 2002 グリンデルヴァルト英語版 4人制
銅メダル - 3位 2008 エーンヒェルツビーク英語版 4人制
銅メダル - 3位 2009 アバディーン英語版 4人制
世界ジュニア選手権
銅メダル - 3位 2007 エヴェレス英語版 4人制
4人制
オリンピック 金 0 銀 0 銅 0
世界選手権 金 0 銀 1 銅 1
欧州選手権 金 0 銀 1 銅 2
世界ジュニア 金 0 銀 0 銅 1
2022年11月12日現在
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経歴

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1987年5月26日に、コペンハーゲン西郊外のグロストルプ英語版で生まれた。父親は1980年1981年の2度世界ジュニアカーリング選手権にデンマーク代表として出場したキム・デュポンである[5]1998年長野オリンピック女子カーリング競技でデンマーク代表チームが2位となったことに触発され、両親が所属していたヴィズオウア・カーリングクラブでカーリングを始めた[1][3]

初めて国際的なカーリングの舞台に登場したのは2002年スイスグリンデルヴァルトで開催されたヨーロッパカーリング選手権大会英語版である。この大会では、ドロテ・ホルム英語版率いるデンマーク代表チームのリザーブとして出場し2位を獲得した[3]2004年にはデンマーク・トーンビュー英語版で開催された世界ジュニアBカーリング選手権にスキップとして出場し優勝したが、このときの代表コーチは父のキム・デュポンである[3][5][6]。同年6月にはスウェーデンイェヴレで開催された世界女子カーリング選手権大会英語版で、12月にはブルガリアソフィアで開催されたヨーロッパカーリング選手権大会英語版で、ともにスキップとしてデンマーク代表を率いた。ジュニアBでの活躍もあり、この年のフランシス・ブロディ賞英語版(スポーツマンシップに則り、公正かつ誠実なプレーを発揮した女性選手に贈られるカーリングの国際的な賞)を受賞した。なお、イェヴレの世界女子カーリング選手権大会は、マドレーヌ・デュポン自身が最も印象に残っている試合としてあげている[1]

2007年には、まず3月にアメリカ合衆国エヴェレス英語版で開催されたジュニア選手権英語版にスキップとして出場し3位を獲得した[7]。次いで6月に青森市で開催された世界女子選手権で、アンジェリーナ・イェンセン英語版率いるデンマーク代表チームのフォースとして出場し2位を獲得した[3]2009年世界選手権大会でも、イェンセンとともにデンマークを3位に導く[8]など活躍し、2010年バンクーバーオリンピック女子カーリング競技への出場権を獲得した。

その後も、世界選手権大会を中心にデンマーク代表チームとして活躍し、2018年に2大会ぶりとなるオリンピック女子カーリング競技出場を果たした[3]2021年カナダカルガリーで開催された世界選手権大会では、スキップとしてデンマーク代表チームを率いて出場した。この大会3日目に行われたスイス戦では、第7エンドにおいて男女の世界選手権通じて初となるエイト・エンダー英語版がスイスによって達成され、13対4の得点差で敗れている[9]2022年、自身3度目となるオリンピック出場を果たしたが、開会式では男子アイスホッケー代表選手のフランス・ニールセン英語版とともに旗手を務めた[10]

その他

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2010年、カーリング競技の普及を目的としたカレンダー「Fire on Ice」に、デュポンが胸を露出した写真が掲載され、物議を醸した[11]。バンクーバーオリンピックの直前ということもあり、「カーリング女子は『石を投げてほうきで掃く』だけでは満足できない」などと批判が相次いだ[11]。オリンピック後にも、デンマーク女子カーリングチームのミカエル・アンデルセン監督から苦言が呈されるなど一定の盛り上がりをみせたが、マドレーヌ・デュポン自身はヌード写真が掲載されたことに関して後悔しておらず、一連の報道がデンマーク代表チームの士気を下げたとの指摘も否定している[12]

家族

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脚注

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  1. ^ a b c Team Profiles”. Team Dupont Curling. 2022年2月12日閲覧。
  2. ^ 2020 World Women's Curling Championship Media Guide”. Curling Canada. 2020年3月9日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h Madeleine DUPONT”. International Olympic Committee. 2022年2月12日閲覧。
  4. ^ Renee meets her Olympic mates: Sonnenberg takes Danish team on tour”. Grande Prairie Daily Herald-Tribune (9 October 2009). 15 March 2014時点のオリジナルよりアーカイブ。15 March 2014閲覧。
  5. ^ a b Kim Dupont”. World Curling Federation. 2022年2月12日閲覧。
  6. ^ World Junior "B" Curling Championships 2004”. World Curling Federation. 2022年2月12日閲覧。
  7. ^ World Junior Curling Championships 2007”. World Curling Federation. 2022年2月12日閲覧。
  8. ^ The Mount Titlis World Women's Curling Championship 2009”. World Curling Federation. 2022年2月12日閲覧。
  9. ^ Switzerland win again to remain unbeaten at the end of day three”. World Curling Federation (2021年5月3日). 2022年2月12日閲覧。
  10. ^ Four curlers honoured with flag-carrying duties at Olympic Opening Ceremony”. World Curling Federation (2022年2月4日). 2022年2月12日閲覧。
  11. ^ a b Kritik af fræk curling-kalender”. Ekstra Bladet (2010年1月29日). 2022年2月12日閲覧。
  12. ^ Curlingkvinder eksponeret for meget”. 2010-02-24. 2022年2月12日閲覧。
  13. ^ Madeleine Dupont”. NBC Olympics. April 15, 2021閲覧。

外部リンク

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