ペルセポネー
ペルセポネー(古希: ΠΕΡΣΕΦΟΝΗ, ギリシア語: Περσεφόνη, ギリシア語ラテン翻字: Persephonē)は、ギリシア神話に登場する冥界の女王である。
ペルセポネー Περσεφόνη | |
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冥界の女王 | |
住処 | 冥界 |
シンボル | 水仙, ザクロ, 蝙蝠, 蛇, 松明 |
配偶神 | ハーデース |
親 | ゼウス, デーメーテール(あるいはステュクス) |
兄弟 | アテーナー, アポローン, アルテミス, アレース, ヘーパイストス, ヘルメース, ディオニューソス, エイレイテュイア, ヘーベー |
子供 | ザグレウス |
ローマ神話 | プロセルピナ, リーベラ, リビティーナ |
ゼウスとデーメーテールの娘(一説にはゼウスとステュクスの娘[1])で、ハーデース(ローマ神話のプルートーに相当)の妻として傍らに座しているとされる。しばしばコレー(「乙女」の意)とも言及される(地上にいた時はコレーと呼ばれ、冥界に入ってからはペルセポネーと呼ばれた[2])。
ペルセフォネーとも[3]。日本語では長母音を省略してペルセポネ、ペルセフォネとも呼ぶ。ローマ神話ではプロセルピナと呼ばれ、春をもたらす農耕の女神となっている。
神話
編集ペルセポネーの略奪
編集神話によると、ペルセポネー(当時のコレー)は、アテーナーとアルテミスのように永遠の処女であることを誓ったため、アプロディーテーはエロースの矢で冥界の王ハーデースを射ることを画策した[4]。ちょうどペルセポネーは、ニューサ(山地であるが、どこであるのか諸説ある)の野原でニュムペー(妖精)達と供に花を摘んでいた[5]。するとそこに一際美しい水仙の花が咲いていた。ペルセポネーがその花を摘もうとニュムペー達から離れた瞬間、急に大地が裂け、黒い馬に乗ったハーデースが現れ、彼女は冥府に連れ去られてしまった。
デーメーテールの怒り
編集オリュムポスでは、母デーメーテールがさらわれるペルセポネーの叫び声を聞きつけた。そして娘の姿がどこにもないことに気づくと、悲しみにくれながら、松明を片手に行方の分からない娘を探して地上を巡り歩いた。そして十日目に灯火を手にした月神ヘカテーと出会って、ペルセポネーが誘拐されたことを聞いた[6]。そこで二柱の女神は太陽神ヘーリオスのところに行き、ヘーリオスから、ハーデースがペルセポネーを冥府へと連れ去ったことを知る[7][5](一説にはアレトゥーサが教えてくれた[8])。女神はゼウスの元へ抗議に行くが、ゼウスは取り合わず、「冥府の王であるハーデースであれば夫として不釣合いではない」と発言した。これを聞き、娘の略奪をゼウスらが認めていることにデーメーテールが激怒し、オリュンポスを去り大地に実りをもたらすのをやめ、地上に姿を隠す。
一方、冥府に連れ去られたペルセポネーは丁重に扱われるも、自分から進んで暗い冥府に来た訳ではないため、ハーデースのアプローチに対しても首を縦に振らなかった。
四季の始まり
編集その後ゼウスがヘルメースを遣わし、ハーデースにペルセポネーを解放するように伝え、ハーデースもこれに応じる形でペルセポネーを解放した。その際、ハーデースがザクロの実を差し出す。それまで拒み続けていたペルセポネーであったが、ハーデースから丁重に扱われていたことと、何より空腹に耐えかねて、そのザクロの実の中にあった12粒のうちの4粒(または6粒)を食べてしまった。
そして母であるデーメーテールの元に帰還したペルセポネーであったが、冥府のザクロを食べてしまったことを母に告げる。冥界の食べ物を食べた者は、冥界に属するという神々の取り決めがあったため、ペルセポネーは冥界に属さなければならない。デーメーテールはザクロは無理やり食べさせられたと主張してペルセポネーが再び冥府で暮らすことに反対するも、デーメーテールは神々の取り決めを覆せなかった。そして、食べてしまったザクロの数だけ冥府で暮らす(1年のうちの1/3(または1/2)を冥府で過ごす)こととなり、彼女は冥府の王妃ペルセポネーとしてハーデースの元に嫁いで行ったのである[9]。そしてデーメーテールは、娘が冥界に居る時期だけは、地上に実りをもたらすのを止めるようになった。これが冬(もしくは夏)という季節の始まりだという。農作物の消長の原理はこの神話によって説明されている[10]。
また、ペルセポネーが地上に戻る時期は、母である豊穣の女神デーメーテールの喜びが地上に満ち溢れるとされる。これが春という季節である。そのため、ペルセポネーは春の女神(もしくはそれに相当する芽吹きの季節の女神)とされる。ペルセポネーの冥界行きと帰還を中軸とするエレウシース秘儀は死後の復活や死後の世界における幸福、救済を保証するものだったと考えられている[11]。メトロポリタン美術館に所蔵されているアッティカ赤絵式のクラテールでは、地上へと帰還するペルセポネーの姿が描かれている。ペルセポネーはヘカテーとヘルメースの案内で地面の裂け目から地上に戻り、地上でペルセポネーと再会を果たすデーメーテールは大地のサイクルの更新を受け取る[12]。
デーメーテールがポセイドーンとの間に産んだ娘、デスポイナと同一視されることもあり、ギリシア神話が確立される以前はポセイドーンとデーメーテールの間に産まれた子だった。そもそもペルセポネー自体が本来デーメーテールと同じ神であり、同一神格の別の面が強調されただけではないかともいわれる[13]。
冥府の女神としての神話
編集このように、ペルセポネーは強制的にハーデースの妻にされてしまったが、ハーデースの妻であることを受け入れ、ギリシャ神話では夫のそばにいる場面が多い。またハーデースの恋人メンテーを厳罰に処すなど、強い嫉妬心を見せるようになった。しかしペルセポネー自身も美しい人間の男・アドーニスを深く愛し、ゼウス公認で1年の1/3の間、彼を恋人として堂々とそばにおいている。
このほかにオルペウス教の物語では、ゼウスは大蛇の姿となってペルセポネーと交わり、ザグレウスをもうけた[14]。
メンテー(ミント)
編集コキュートス川のニュムペー、メンテーはペルセポネー以前にハーデースが愛した女性[15]。
ハーデースは最初にメンテーを愛したが、後に地上からペルセポネーをさらって冥府に連れてきた。メンテーは嫉妬に狂ってペルセポネーに怒りや不満の言葉を浴びせた。自分の方がペルセポネーよりも美しいのだから、ハーデースもいずれ自分とよりを戻し、館からペルセポネーを追い出すだろう、と。しかしこの言葉が母デーメーテールの怒りを買った。メンテーはデーメーテールに足で踏みつぶされて死に、どこにでもある草ミントになった[16]。別の話によると、メンテーを踏みつけて草に変えたのはペルセポネーで、ピュロス市の東にはメンテーの名に由来する山があった[17][注釈 1]。
アドーニス(アネモネ)
編集アッシリア王キニュラースの娘ミュラー(スミュルナ)が父王を愛し、その結果生まれたアドーニス。
この不幸な出生のアドーニスの養育を、愛の女神アプロディーテーは密かにペルセポネーに頼んだ。しかしアドーニスの美しさにペルセポネーもアドーニスを愛するようになった。そこでゼウスは1年の1/3をそれぞれアプロディーテー、ペルセポネーと暮らし、残る1/3をアドーニスが好きなように使うよう決めたのだが、アドーニスは自分の時間を全てアプロディーテーに与えた[19]。これを知ったアレースは獰猛な猪に変身し、アドーニスを殺した。この時アドーニスが流した血からアネモネが生まれ、死を悲しみアプロディーテーが流した紅涙が白薔薇を赤く染めた。
その他
編集- セイレーンは、元はペルセポネーに仕えていたニュムペーで、ペルセポネーがハーデースに誘拐されると、毎日悲しんでばかりで、「恋愛もせず、泣いてばかりで許せない」、とアプロディーテーの怒りを買い、怪鳥の姿に変えられてしまったとの説もある[20]。
- プシューケーがアプロディーテーの試練により冥府に来た際、美の箱を渡したり、冥府に連れて来られたシーシュポスの3日間だけ生き返らせてくれという頼みを叶えたりするなど、冥府の女王としての描写も多数ある。なおペルセポネーへの言及は『オデュッセイア』、オルペウス説話などにも見られる。また、ペイリトオスが冥界に行ってペルセポネーを誘拐して結婚しようとしたという話もある。
- ウェルギリウスはアウェルヌスの聖林の中にペルセポネーの聖なる樹木「金枝」があり、その枝を折り取ってペルセポネーに捧げることで、生きたまま冥界へと下って行き、また帰って来ることができるとしている。アイネイアースは巫女シビュラの指示に従ってこの枝を折り、また渡守カローンに枝を見せることで冥府の川を渡り、亡き父アンキーセースの霊と会うことができた[21]。
- また、ディオニューソスにギンバイカの木と引き替えに母親のセメレーを冥府から帰している。
- 後代には手に炬火を持ちその髪には蛇を纏わらせ、暗い不機嫌な相貌を持つ姿で描かれた[22]。
- 「ペルセポネー」という名前の意味については諸説がある。
- その象徴は水仙、ザクロ[25]、蝙蝠である[26]。
ギャラリー
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クリストフェル・スワルト『プロセルピナの略奪』(1573年) フィッツウィリアム美術館所蔵
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ピーテル・パウル・ルーベンス『プロセルピナの略奪』(1636年と1638年の間) プラド美術館所蔵
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ピーテル・パウル・ルーベンス『オルペウスとエウリュディケ』(1636年と1638年の間) プラド美術館所蔵
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ニコロ・デッラバーテ『プロセルピナの略奪』(1570年頃) ルーヴル美術館所蔵
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ヨーゼフ・ハインツ『プロセルピナの略奪』(1595年頃) アルテ・マイスター絵画館所蔵
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シャルル・ジョセフ・ナトワール『プシュケとプロセルピナ』(1735年) ロサンゼルス・カウンティ美術館所蔵
脚注
編集注釈
編集脚注
編集- ^ アポロードロス、第1巻3・1。
- ^ フェリックス・ギラン、p.209。
- ^ 石見衣久子「ノンノス『ディオニューソス譚』第七課 : 翻訳と解題」『現代社会文化研究』第43巻、新潟大学大学院現代社会文化研究科、2008年、193-205頁、NCID AN1046766X、2018年1月28日閲覧。
- ^ オウィディウス『変身物語』5巻354。
- ^ a b 『ギリシア・ローマ神話辞典』p.165。
- ^ 『ホメーロス風讃歌』第2歌「デーメーテール讃歌」38行-58行。
- ^ 『ホメーロス風讃歌』第2歌「デーメーテール讃歌」59行-87行。
- ^ オウィディウス『変身物語』5巻407。
- ^ アポロードロス、第1巻5・3。
- ^ 三品彰英『神話の世界』集英社、1974年、106頁。
- ^ 『地獄』p.143。
- ^ “Vases, Accession Number 28.57.23”. メトロポリタン美術館公式サイト. 2020年12月30日閲覧。
- ^ 『早わかりギリシア神話』p.82。
- ^ 『ギリシア・ローマ神話辞典』p.252。
- ^ オッピアヌス『漁夫訓』3巻487行。
- ^ オッピアヌス『漁夫訓』3巻488行-497行。
- ^ ストラボン、8巻3・14。
- ^ オウィディウス『変身物語』10巻728行-731行。
- ^ アポロードロス、第3巻14・4。
- ^ 『オデュッセイア』エウスタティウス注より。
- ^ ウェルギリウス『アエネーイス』6巻125行以下。
- ^ 呉茂一『ギリシア神話』新潮社、1994年、338頁。
- ^ フェリックス・ギラン、p.252。
- ^ 松村一男他編『神の文化史事典』2013年、白水社、482頁。
- ^ 『「聖書」と「神話」の象徴図鑑』 p.66f。
- ^ フェリックス・ギラン、p.253。
参考文献
編集原典資料
編集- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波書店〈岩波文庫 4831-4833〉、1953年4月。全国書誌番号:53005125、NCID BN05599568。
- ヘーシオドス『神統記』廣川洋一訳、岩波書店(1984年)
- オウィディウス『変身物語(上・下)』中村善也訳、岩波文庫(1981・1984年)
- ホメーロス『オデュッセイア』(エウスタティウス注)
- ホメーロス『ホメーロスの諸神讃歌』沓掛良彦訳、ちくま学芸文庫(2004年)
- アラトス/ニカンドロス/オッピアノス『ギリシア訓叙事詩集』伊藤照夫訳、京都大学学術出版会(2007年) ISBN 4876981701
- ストラボン『ギリシア・ローマ世界地誌』飯尾都人訳、龍渓書舎(1994年)
二次資料
編集- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店、1960年。
- 木村点『早わかりギリシア神話 - 文化が見える・歴史が読める』日本実業出版社、2003年5月。ISBN 978-4-534-03580-6。
- フェリックス・ギラン『ギリシア神話』(新装版)青土社、1991年。
- 『「聖書」と「神話」の象徴図鑑』岡田温司監修、ナツメ社、2011年。
- 草野巧『地獄』新紀元社〈Truth In Fantasy 21〉、1995年12月。ISBN 978-4-88317-264-1。