ショーン・フィギンズ
デスモンド・デショーン・フィギンズ(Desmond DeChone Figgins, 1978年1月22日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州リアリー出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。
シアトル・マリナーズ時代 (2010年8月7日) | |
基本情報 | |
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国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | ジョージア州リアリー |
生年月日 | 1978年1月22日(46歳) |
身長 体重 |
5' 8" =約172.7 cm 180 lb =約81.6 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投両打 |
ポジション | 三塁手、外野手、二塁手、遊撃手 |
プロ入り | 1997年 MLBドラフト4巡目(全体132位)コロラド・ロッキーズから指名 |
初出場 | 2002年8月25日 |
最終出場 | 2014年6月13日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
編集ロッキーズ傘下時代
編集1997年に、ドラフト4巡目(全体132位)でコロラド・ロッキーズから指名を受けプロ入りした。この年ルーキーリーグ54試合に出場し、リーグ最多の6三塁打、リーグ3位の30盗塁を記録した[1]。
エンゼルス時代
編集2001年7月13日にキメラ・バーティーとのトレードでアナハイム・エンゼルスへ移籍し、プロ6年目となる2002年、3Aのソルトレイク・ビーズで125試合に出場し、打率.305、球団新記録となる18三塁打と39盗塁を記録した[2]。
その後、8月25日にメジャーデビューを果たした。この年はメジャーで15試合に出場。ワールドシリーズでは代走として出場し、メジャー1年目でワールドチャンピオンの一員となった。2003年、3Aとメジャーの昇格と降格を繰り返し、メジャーで71試合に出場し、打率.296、13盗塁を記録し、3Aでは球団史上歴代2位となるシーズン15三塁打を記録した[3]。
2004年初めて1年を通してプレーをした。5月14日のオリオールズ戦では6打数5安打6打点を記録し、2回には球団史上バック・ロジャース(1961年9月29日)以来となるメジャー初本塁打が満塁本塁打となった[4]。延長10回には決勝打を放ち、チームの勝利に貢献。8月10日にシーズン14三塁打目を放ち、球団シーズン最多三塁打を更新し[5]、この年リーグ2位の17三塁打を記録した。盗塁ではカール・クロフォード、イチローに次ぐリーグ3位の34盗塁を記録した。レッドソックスとのディビジョンシリーズでは14打数で2安打の成績でチームも敗退した。
2005年はこの年のメジャー最多、球団史上ミッキー・リバースが1975年に記録した70盗塁に次ぐ62盗塁を記録し[6]、球団史上初のシーズン100得点・50盗塁を達成した[7]。10月1日のレンジャーズ戦で2安打を放ち、ジョニー・レイのスイッチヒッターとしての球団シーズン安打記録184(1988年)を更新し[8]、最終的に186まで記録を伸ばした[7]。
2006年開幕前に3年総額1,050万ドルで契約延長した[7]。この年、タンパベイ・デビルレイズのカール・クロフォードに次ぐリーグ2位の52盗塁を記録した。9月16日サイクル安打を、9月29日にランニングホームランを達成した。球団史上初めて同じ年にサイクル安打とランニングホームランを達成した[9]。
右手の骨折により出遅れ[10]。、2007年シーズン初出場は4月30日。5月30日時点で打率は.133だったが[11][12]、それ以降の打率はメジャー1位となる.381を記録[12]。6月には115打数53安打でダリン・アースタッドが2000年4月に記録した球団月間最多安打記録48本を更新した[13]。7月15日に自己最多タイの1試合3盗塁を決め、ゲーリー・ペティスの球団通算盗塁記録187を更新した[14]。最終的に自己最高、リーグ6位となる打率.330を記録。打率が上昇したのはゴロを打つバッティングに徹するようになり、快足が生きるようになったためである[15]。
2009年はオールスターに初めて選出され、リーグ最多の101四球を記録。出塁率は自己最高の.395を記録した。三塁手としての守備も高数値を残して攻守にわたって活躍し、rwarでは7.7を記録するなどキャリアハイのシーズンとなった。11月6日にFAとなった。
マリナーズ時代
編集2009年12月8日にシアトル・マリナーズと4年総額3600万ドル(5年目はオプション)の契約で合意[16]。
2010年は二塁手として出場。主に2番でイチローと1・2番コンビを組み、チームの打線の起爆剤として期待されたが、開幕から調子があがらず、前半戦を打率.209で折り返すなど期待外れのパフォーマンスに終わった。最終的に9月下旬に固め打ちして打率を.259・出塁率を.340まであげ、42盗塁、リーグトップの17犠打を記録した。
2011年は三塁手として出場。しかしスランプに陥り、打率は2割を切り、長所の出塁率も.241に終わった。
2012年は主に左翼手として出場。エリック・ウェッジ監督の提言により、イチローが3番に移動、代わりにフィギンズが1番に入った。前年までのスランプから再起をかけたシーズンだったが、スランプから脱することができず、2年連続で打率1割台に終わった。1番打者としてイチローの代役を務められず、批判を集める結果となり、5月4日に監督のアナウンスにより控えに降格。その後は出場機会がほとんどなく、最終的に打率.181、出塁率.262という成績となった。契約は翌年も残っていたが、フィギンズは心的疲労・ストレスから「マリナーズから脱出したい」と思うに至っている[17]。オフの11月20日に40人枠から外され[18]、戦力外になった。2013年分の年俸800万ドル(約6億6000万円)の契約が残っており、フィギンズにはこの全額がマリナーズから支払われる[19]。
マーリンズ傘下時代
編集2013年2月8日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだが[20][21]、そのおよそ1カ月後に解雇された[22][23]。
ドジャース時代
編集2014年1月24日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ[24]。3月16日にドジャースとメジャー契約を結び[25]、オーストラリアでの開幕戦に同行した。開幕後は代打として9試合に出場したが、6打数1安打と結果を残せず、4月21日にAAA級アルバカーキ・アイソトープスへ降格[26]。5月2日に昇格し[27]、29試合に出場していたが、6月14日に左の大腿四頭筋を痛め15日間の故障者リスト入りし[28]、8月6日にDFAとなった[29]。8月13日に解雇された。
引退
編集2014年にドジャースを解雇されて以降はどこのチームにも所属せず、2016年3月20日に引退を公式に表明した[30]。またエンゼルスと引退のための1日契約を結ぶことを明らかにした[30]。
選手としての特徴
編集右投両打のユーティリティープレイヤー。内野手登録になっていたが、外野手として出場することも多かった。2006年と2012年は内野手よりも外野手として出場した試合数の方が多かった。
詳細情報
編集年度別打撃成績
編集年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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2002 | ANA LAA |
15 | 12 | 12 | 6 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | .167 | .167 | .250 | .417 |
2003 | 71 | 277 | 240 | 34 | 71 | 9 | 4 | 0 | 88 | 27 | 13 | 7 | 6 | 4 | 20 | 0 | 0 | 38 | 1 | .296 | .345 | .367 | .712 | |
2004 | 148 | 638 | 577 | 83 | 171 | 22 | 17 | 5 | 242 | 60 | 34 | 13 | 10 | 2 | 49 | 0 | 0 | 94 | 6 | .296 | .350 | .419 | .769 | |
2005 | 158 | 720 | 642 | 113 | 186 | 25 | 10 | 8 | 255 | 57 | 62 | 17 | 9 | 5 | 64 | 1 | 0 | 101 | 9 | .290 | .352 | .397 | .749 | |
2006 | 155 | 683 | 604 | 93 | 161 | 23 | 8 | 9 | 227 | 62 | 52 | 16 | 5 | 7 | 65 | 1 | 2 | 100 | 6 | .267 | .336 | .376 | .712 | |
2007 | 115 | 503 | 442 | 81 | 146 | 24 | 6 | 3 | 191 | 58 | 41 | 12 | 2 | 8 | 51 | 0 | 0 | 81 | 7 | .330 | .393 | .432 | .825 | |
2008 | 116 | 520 | 453 | 72 | 125 | 14 | 1 | 1 | 144 | 22 | 34 | 13 | 2 | 0 | 62 | 3 | 3 | 80 | 7 | .276 | .367 | .318 | .685 | |
2009 | 158 | 729 | 615 | 114 | 183 | 30 | 7 | 5 | 242 | 54 | 42 | 17 | 8 | 4 | 101 | 0 | 1 | 114 | 8 | .298 | .395 | .393 | .789 | |
2010 | SEA | 161 | 702 | 602 | 62 | 156 | 21 | 2 | 1 | 184 | 54 | 42 | 15 | 17 | 6 | 74 | 0 | 3 | 114 | 19 | .259 | .340 | .306 | .646 |
2011 | 81 | 313 | 288 | 24 | 54 | 11 | 1 | 1 | 70 | 15 | 11 | 6 | 2 | 2 | 21 | 1 | 0 | 42 | 6 | .188 | .241 | .243 | .484 | |
2012 | 66 | 194 | 166 | 18 | 30 | 5 | 2 | 2 | 45 | 11 | 4 | 1 | 7 | 2 | 19 | 0 | 0 | 48 | 3 | .181 | .262 | .271 | .533 | |
2014 | LAD | 38 | 76 | 60 | 8 | 13 | 3 | 0 | 0 | 16 | 1 | 4 | 1 | 1 | 0 | 14 | 0 | 1 | 15 | 0 | .217 | .373 | .267 | .640 |
通算:12年 | 1282 | 5360 | 4701 | 708 | 1298 | 188 | 58 | 35 | 1707 | 403 | 341 | 119 | 69 | 40 | 540 | 6 | 10 | 832 | 73 | .276 | .349 | .363 | .712 |
- 各年度の太字はリーグ最高
- ANA(アナハイム・エンゼルス)は、2005年にLAA(ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)に球団名を変更
タイトル
編集記録
編集- MLBオールスターゲーム選出 1回:2009年
脚注
編集- ^ “Chone Figgins 1997 Career Highlights” (英語). 2008年4月15日閲覧。
- ^ “2002 Career Highlights:MLB.com” (英語). 2008年2月6日閲覧。
- ^ “2003 Career Highlights:MLB.com” (英語). 2008年2月6日閲覧。
- ^ BALTIMORE (AP) (2004年5月14日). “Palmeiro moves into 12th on HR list” (英語). ESPN.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ ANAHEIM, Calif. (AP) (2004年8月10日). “Tejada goes 3-for-5, has 5 RBI” (英語). ESPN.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ “Los Angeles Angels of Anaheim Top 10 Batting Leaders” (英語). Baseball-Reference.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ a b c Scarr, Mike (2006年1月14日). “Angels lock up Figgins, Rivera Players avoid arbitration by signing multiyear deals” (英語). MLB.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ ARLINGTON, Texas (AP) (2005年10月1日). “Angels win for 13th time in 15 games” (英語). ESPN.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ “2006 Career Highlights:MLB.com” (英語). 2008年2月6日閲覧。
- ^ Spencer, Lyle (2007年4月29日). “Notes: Matthews awaits Figgins' return” (英語). MLB.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ “Chone Figgins 2007 Batting Gamelogs - Baseball-Reference PI” (英語). 2008年2月5日閲覧。
- ^ a b “2007 Career Highlights:MLB.com” (英語). 2008年2月6日閲覧。
- ^ BALTIMORE (AP) (2007年6月29日). “Huff hits for cycle, first Oriole since 1984; O's fall” (英語). ESPN.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ ANAHEIM, Calif. (AP) (2007年7月15日). “Teixeira's homer in 11th completes Rangers' rally vs. Angels” (英語). ESPN.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ 村上雅則、友成那智『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』廣済堂出版、2008年、198頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ Associated Press (2009年12月8日). “Figgins, Mariners finalize deal” (英語). ESPN.com. 2009年12月10日閲覧。
- ^ http://www.mlbtraderumors.com/2012/10/figgins-wants-out-of-seattle.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
- ^ Seattle Mariners cuts ties with Chone Figgins ESPN
- ^ マリナーズ、不振続きのC.フィギンズをついに戦力外
- ^ Versatile veteran Figgins signs Minor League deal
- ^ Marlins Sign Chone Figgins
- ^ Marlins release Chone Figgins
- ^ Marlins release Chone Figgins-CBS
- ^ Ken Gurnick (January 24, 2014). “Figgins' Minor League deal now official”. MLB.com. January 23, 2014閲覧。
- ^ Jose M. Romero (March 16, 2014). “Dodgers set 30-man roster for Australia Series”. MLB.com. August 7, 2014閲覧。
- ^ “Dodgers recall Jose Dominguez; option Chone Figgins to Triple-A Albuquerque”. MLB.com Dodgers Press Release (April 21, 2014). August 7, 2014閲覧。
- ^ Ken Gurnick (May 2, 2014). “Shoulder getting better, but Ryu lands on DL”. MLB.com. August 7, 2014閲覧。
- ^ Ken Gurnick (May 2, 2014). “Figgins on DL with quad strain; Triunfel called up”. MLB.com. August 7, 2014閲覧。
- ^ Ken Gurnick (August 6, 2014). “Dodgers designate infielder Figgins for assignment”. MLB.com. August 7, 2014閲覧。
- ^ a b “Chone Figgins to sign one-day contract, retire with Angels”. si.com (March 20, 2016). April 19, 2016閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
- Chone Figgins stats MiLB.com