カレン諸語(カレンしょご、Karenic languages)は、約300万人いるカレン族の人々により話される言語群で、シナ・チベット語族に属する[1]。カレン諸語の話者は、ミャンマー東南部のカレン州カヤー州及びシャン州西南部、ペグー山脈英語版の東方、シッタン川流域、エーヤワーディー・デルタ英語版周辺、タニンダーリ地方域、さらにはミャンマー・タイ国境地帯のタイ領内に居住している[2]。カレン人の他称を用いて単に「カレン語」という場合は、通常、スゴー・カレン語英語版ないしポー・カレン語を指す[3][4]

カレン諸語
話される地域ミャンマー、およびタイ国境周辺
言語系統シナ・チベット語族
下位言語
ISO 639-2 / 5kar
チベット・ビルマ語派の分布
  カレン諸語

類型論的に、カレン諸語は声調言語である。また、ほかのチベット・ビルマ語派のほとんどの言語がSOV型の語順を持つのに対し、カレン諸語はSVO型の語順を持つ。SVO型語順は、オーストロアジア語族モン・クメール語派との接触を通して獲得した特徴と考えられる[5]ポール・K・ベネディクトは、SVO型のカレン諸語をチベット・ビルマ語派とは別個の言語群と見做した上で、両者がシナ・チベット語族の中で「チベット・カレン語派 (Tibeto-Karen)」という言語群を成すとしている[6]。一方、ジェイムズ・マティソフは、カレン諸語を単にチベット・ビルマ語派の一部に含めている[7][8]。Zhang et al. (2019) がベイズ法により推定したシナ・チベット語族の系統樹は、後者の見解を支持するものである[9]

カレン諸語の表記のためには、19世紀以降に主にビルマ文字を元に考案されたいくつかの文字体系が存在する(スゴー・カレン文字、仏教ポー・カレン文字、キリスト教ポー・カレン文字、レーケー文字、カヤー文字、パオ文字など)。

所属する言語

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下位分類は学者によって異なる[10]。主要な言語には以下のものがある。

狭義の「カレン語」に含まれる、スゴー・カレン語、東部ポー・カレン語、西部ポー・カレン語は、それぞれ意思疎通が不可能なほど異なっている[4]。このためスゴー・カレン語の話者とポーカレン語の話者は、同じ「カレン人」でありながら、ビルマ語を用いて意思疎通することが少なくない[11][12]。東部ポー・カレン語と西部ポー・カレン語は、しばしば声調が「逆転」しており、これが互いの意思疎通における最大の障壁となっている[13]。例えば、東部ポー・カレン語で「犬」を意味する語は、高平調の/thwí/である。一方、西部ポー・カレン語の「犬」は、低平調の/thwì/となる。

それでもなお、狭義の「カレン語」は、それ以外のカレン諸語に比べ、語彙的にも文法的にもよく似た特徴を示している。以下は、スゴー・カレン語、東部ポー・カレン語、西部ポー・カレン語、ゲーバー語でそれぞれ「私はご飯を食べるのが速い」を意味する文である[14]

(1)    スゴー・カレン語
jə̆  ʔɔ̂  mē  khlé 
私  食べる  ご飯  速い 
(2)    東部ポー・カレン語
jə̆  ʔáɴ  mɪ̀  phlɛ́ 
私  食べる  ご飯  速い 
(3)    西部ポー・カレン語
jə̆  ʔàɴ  mé  phlài 
私  食べる  ご飯  速い 
(4)    ゲーバー語
jă  ʔā  plá  ɗɪ́ 
私  食べる  速い  ご飯 

狭義の「カレン語」では「私-食べる-ご飯-速い」という語順が共通しているのに対し、ゲーバー語では「私-食べる-速い-ご飯」[15]となっている。

民族的アイデンティティの観点からも、カレンニー族パダウン族パオ族は自らを「カレン」とは異なる民族だと見做していることが多い[16]。ただし、ゲーバー語の話者は、狭義「カレン語」との言語系統上の距離の遠さにも拘らず、しばしば自らを「カレン」と見做している[16]

脚注

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  1. ^ Graham Thurgood, Randy J. LaPolla (2003). The Sino-Tibetan Languages. Routledge. ISBN 0700711295. https://books.google.co.jp/books?id=5MeWSTQ7F44C&pg=PA44&lpg=PA44&ots=9q3UPOhcej&dq="Karen languages"&ie=ISO-8859-1&output=html&sig=HhqKW7Lozuo8wykGiHKDxmizJjM&redir_esc=y&hl=ja 
  2. ^ 藪 1988, p. 1312.
  3. ^ 藪 1988, p. 1315.
  4. ^ a b 加藤 2011, p. 277.
  5. ^ Kato 2021, p. 339.
  6. ^ Benedict 1972.
  7. ^ Matisoff 2003.
  8. ^ 加藤 2005, pp. 7–8.
  9. ^ Zhang, M.; Yan, S.; Pan, W. (24 April 2019). “Phylogenetic evidence for Sino-Tibetan origin in northern China in the Late Neolithic.”. Nature 569 (2019): 112–115. doi:10.1038/s41586-019-1153-z. https://www.nature.com/articles/s41586-019-1153-z#citeas 22 August 2024閲覧。. 
  10. ^ 加藤 2005, pp. 8–9.
  11. ^ 加藤 2005, p. 3.
  12. ^ 加藤 2011, p. 271.
  13. ^ 加藤 2005, pp. 3–5.
  14. ^ 加藤 2011, p. 276.
  15. ^ 加藤 2011, pp. 276–277.
  16. ^ a b Kato 2021, p. 337.

関連項目

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参考文献

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  • Haudricourt, André-Georges (1946). “Restitution du karen commun”. Bulletin de la Société de Linguistique de Paris 42 (1): 103–111. 
  • Haudricourt, André-Georges (1953). “A propos de la restitution du karen commun”. Bulletin de la Société de Linguistique de Paris 49 (1): 129–132. 

外部リンク

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  • Kawthoolei, meaning ‘a land without evil’, is the Karen name of the land of Karen people. An independent and impartial media outlet aimed to provide contemporary information of all kinds — social, cultural, educational and political
  • Karenpeople.org, a non-profit web portal on the Karen peoples
  • Karen.org, The website of the Karen National League of Bakersfield, California
  • Drum Publication Group, Sgaw Karen language materials available free online. Includes an online English - Sgaw Karen Dictionary.
  • http://www.kwekalu.net, The only Karen language news outlet online based in Mergui/Tavoy District of Kawthoolei