オレンジとレモン(原題:Oranges and Lemons)は、イギリスを中心とした英語圏の童謡であるマザー・グースの1篇で、「ロンドン橋落ちた」のように2人がアーチを作りその下を他の子供がくぐり抜ける遊び唄。

「オレンジとレモン」の遊び方

唄の概要

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ロンドンの鐘づくしの唄で、イギリスでは特に好んで歌われていて[1][2][3][4]、そのメロディーは長い間、BBC英国放送協会)のインターバル・シグナルにも用いられていた。さまざまな版があり、多いものでは16の鐘が登場する唄があるが[5][6]、6つの鐘が登場する唄が一般的である。

歌詞

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(英語原詞・日本語訳)[7]

Oranges and Lemons

Oranges and lemons,
Say the bells of St. Clement's.

You owe me five farthings,
Say the bells of St. Martin's.

When will you pay me?
Say the bells of Old Bailey.

When I grow rich,
Say the bells of Shoreditch.

When will that be?
Say the bells of Stepney.

I'm sure I don't know,
Says the great bell at Bow.

Here comes a candle to light you to bed,
Here comes a chopper to chop off your head.

「オレンジとレモン」

オレンジとレモン、と
セント・クレメントの鐘が鳴るよ[ 1]

お前にゃ5ファージング[8]の貸しがある、と
セント・マーチンの鐘が鳴るよ[ 2]

いつ返してくれんだよ、と
オールド・ベイリーの鐘が鳴るよ[ 3]

お金持ちになったらね、と
ショーディッチの鐘が鳴るよ[ 4]

それ いつなのさ、と
ステプニィの鐘が鳴るよ[ 5]

さあ知らねえよ、と
ボウのおっきな鐘が鳴るよ[ 6]

お前をベッドに案内するローソクが来たぞ
お前の首をチョン切りに首切り役人が来たぞ

起源についての説

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ストランドのセント・クレメント・デーンズ教会(ロンドン)。1日に4回、「オレンジとレモン」のメロディーの鐘を鳴らしている。
 
セント・マーチン・イン・ザ・フィールド教会(ロンドン)。コックニー(ロンドンなまりを話す下町のロンドンっ子)たちが毎年10月初めに収穫感謝祭の特別礼拝を行っている。
 
ショーディッチ教会(ロンドン)。唄に由来する教会であることを示すかのように、郵便受けに「オレンジとレモン」と書かれている。
 
セント・メアリー・ル・ボウ教会(ロンドン)。「さあ知らねえよ」と鐘を鳴らすボウの教会。生粋のコックニーとは、元々この教会の鐘の音が聞こえる範囲内で生まれた人のことを指す。

唄の歌詞の意味やその成り立ちについて、斬首の処刑が公開されていた頃、死刑執行の合図に鐘が鳴らされていたことが、借金を返せずに首を切られるという詩に結び付いたという説がある[9]

唄に登場する教会

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  1. ^ セント・クレメントの鐘の教会として、ロンドン橋のたもとにあるイーストチープ (Eastcheap) のセント・クレメント教会と、ストランド (Strand) のセント・クレメント・デーンズ教会がそれぞれ名乗りを上げている。
  2. ^ セント・マーチン教会の候補の1つとして、トラファルガー広場の東北の角に面しているセント・マーチン・イン・ザ・フィールド (St.Martin-in-the-Fields) 教会が挙げられている。
  3. ^ オールド・ベイリーは中央刑事裁判所の通称。中央刑事裁判所には鐘はなく、道路を挟んだ反対側にあるセント・セパルカー教会の鐘のようである。
  4. ^ ショーディッチ教会は、シティの外側にあるショーディッチ地区の教会。
  5. ^ ステプニー教会は現存せず、現在はセント・ダンスタンズ教会となっている。
  6. ^ ボウ教会の正式名称は、セント・メアリー・ル・ボウ (St.Mary-le-Bow) 教会。

引用作品

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最終節の首をチョン切るという歌詞のために、ミステリー小説・推理小説、同趣向の漫画作品や映画の題材とされる場合が多い。以下に年代順に引用例を挙げる。

作品中、首を切り落とされた死体を扱っているのに合わせて、詩の最終節がタイトルに用いられている。
作品中に登場する人物が子供の頃に歌った童謡として最初の節と最終節を引用し、途中の歌詞は忘れてしまったと説明している。
主人公は3歳半のとき、イギリス人のおじからこの童謡を教わり、それ以来ローソクを持った手がドアを開け手斧(ておの)でおそいかかられる夢にうなされるようになる。さらに6歳のとき、夢にうなされて目覚めて外に飛び出したところを警官に保護され、父親が出かけた映画館に連れられて行ったところ、そこで強盗をはたらいた父親が目の前で射殺されるところを目撃し、以後、ローソクの灯りと手斧がトラウマになる。
ロンドンのピカデリーサーカス近辺を舞台に殺人事件とその謎解きを扱ったミステリー風味の漫画作品。詩はロンドンらしさを演出するために引用されているもので、ストーリーには直接関係はない。また、上記の他の作品とは異なり最終節は引用されていない。
逮捕された主人公の女性絵本作家に、尋問管が尋問するときに唄を不気味に口ずさみ、彼女に恐怖を与えていた。

脚注

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  1. ^ 鳥山淳子著『もっと知りたいマザーグース』(スクリーンプレイ、2002年)参照。
  2. ^ 鷲津名都江著『英国への招待 マザー・グースをたずねて』(筑摩書房、1996年)には、イギリスでは「ロンドン橋落ちる」以上に親しまれているマザー・グースであると記されている。
  3. ^ 藤野紀男著『名作マザーグース70選』(三友社出版、1989年)には、ロンドン旧市街の内と近郊の教会の鐘の唄であるため、アメリカの子供たちにはあまり好かれていないようだと記されている。
  4. ^ フレドリック・ブラウン著『手斧が首を切りにきた』(1950年)の中で、わが国(アメリカ)ではあまり広く知られていないと登場人物が語っている(主人公は、イギリス人のおじからこの童謡を教わったと説明している)。
  5. ^ 矢野文雄(藤野紀男の別名義)著『殺(や)られるのはいつもコック・ロビン』(日本英語教育協会、1983年)には「もともとは(中略)……14の教会の鐘が出てくる……ものだった」、鳥山淳子著『もっと知りたいマザーグース』にも「多いところでは14の鐘が歌い込まれたものもある」と記されており、北原白秋訳『まざあ・ぐうす』に所収の「セント・クレメンツの鐘」(『まざあ・ぐうす』に所収の「オレンジとレモン」の唄の訳題)にも14の鐘が登場しているが、鷲津名都江監修・文『マザー・グースをくちずさんで 英国童謡散歩』(求龍堂、1995年)には「『オレンジとレモン Oranges & Lemons』にうたわれた16の教会の鐘」のページに16の鐘が出てくる唄が掲載されている。
  6. ^ フレドリック・ブラウン著『手斧が首を切りにきた』(1950年)の中で、主人公が教わった童謡の1節として「やかんにおなべ、とセント・アンの鐘がいいました」と記されているが、セント・アンの鐘の節は16の鐘が登場する唄と14の鐘が登場する唄にはあるが、一般的な6つの鐘が登場する唄にはない。
  7. ^ ここでの日本語訳は、萩尾望都著「ピカデリー7時」や鳥山淳子著『もっと知りたいマザーグース』、藤野紀男著『図説 マザーグース』(河出書房新社、2007年)などを参考に、記事作成者が行ったものである。
  8. ^ ファージングはイギリスの旧硬貨。
  9. ^ 鷲津名都江著『ようこそ「マザーグース」の世界へ』(NHK出版、2007年)参照。