オドアルド2世・ファルネーゼ
オドアルド2世・ファルネーゼ(Odoardo II Farnese, 1666年8月12日 - 1693年9月6日)は、パルマ及びピアチェンツァ公公子。
オドアルド2世・ファルネーゼ Odoardo II Farnese | |
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パルマ公世子 | |
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在位 | 1694年 - 1727年 |
出生 |
1666年8月12日 パルマ公国、コロルノ、ドゥカーレ宮殿 |
死去 |
1693年9月6日(27歳没) パルマ公国、パルマ |
配偶者 | ドロテア・ソフィア・ディ・ネウブルグ |
子女 |
アレッサンドロ・イニャツィオ エリザベッタ |
家名 | ファルネーゼ家 |
父親 | ラヌッチョ2世・ファルネーゼ |
母親 | イザベッラ・デステ |
生涯
編集彼は、パルマ公ラヌッチョ2世・ファルネーゼとその2番目の妻のイザベッラ・デステの間に生まれた。
家族
編集プファルツ選帝侯フィリップ・ヴィルヘルムの娘ドロテア・ゾフィア・フォン・プファルツ=ノイブルクと結婚、2子をもうけた。
長男アレッサンドロの死から1ヶ月後にオドアルドが亡くなった。ドロテア・ゾフィアは1695年12月8日、オドアルドの異母弟フランチェスコと再婚した。1694年に父の死により、フランチェスコはパルマ公となった。