アフレコ
アフレコとはアフター・レコーディングの略で、映画やテレビドラマなどで撮影後に俳優の台詞(声)だけを別途録音すること[1]。
アフレコを行う理由はさまざまだが「撮影時に音声収録をしていない」、「音声収録をしたが、不鮮明だった」[2]、「収録した台詞の演技が意図したものとずれていた」[1]、「撮影後に台詞が変更された」[2]などがある。
日本では別人による台詞の差し替えを区別して、吹き替えや特撮の音声収録ではアテレコという語が用いられる場合もある。
アフレコとは逆に台詞や音楽を先に収録して、それに合わせて絵を描いたりキャラクターを動かすことはプレスコ(pre-scoring、プレスコアリング)といい、おもに人形劇、着ぐるみショー、アメリカのアニメーション、ミュージカル、演奏シーンなどがこの方法で制作されている。
和製英語で[3][1]、英語圏ではダビング dubbing)[3][4][注釈 1]、ポストレコーディング(英: postrecording)[3]、ADR(英: Automated Dialogue Replacement/Additional Dialogue Recording[4])、ポストシンク(英: post-synch[注釈 1])[2]などといい、撮影終了後の仕上げ作業(ポストプロダクション)中に行われる。
ハリウッド映画の制作現場ではアフレコを指してルーピング(英: looping[4])とも呼ばれるが[4]、本来ルーピングは群衆などのその他大勢の声を録音する作業を指す言葉である[5]。
収録
編集事前に吹替作品の場合は翻訳家が台本を作成、アニメでは脚本とは別にアフレコ用の台本が作成され、アフレコ用映像と共に演者に渡される。
録音当日はまず録音スタジオに出演する俳優が集合し、収録前にプロデューサーや監督、音響監督が演出方針の説明を行う。その後リハーサルを2回通して行い全体の流れを掴む、演技のすり合わせなどをしてから本番となる。
収録は映写やモニター画面を見ながら何本かのマイクを共有して行われ、スタッフは声優がいる収録ブースとは区切って防音されたコントロールルーム(調整ブース)から指示を与える。台本通りに収録するとは限らず、収録の段階でアドリブが入ったり演技者が台詞を演じやすいように言い回しを変えることもある。
本番の収録が終わった後、NGや演者・スタッフが演技に納得いかなかった部分をおのおの録音し、一通り収録が終わる。
外国作品の吹替の場合は、イヤホンで原音を聞きながら行なわれる。また演者には事前に演技の参考として原版のビデオが渡されている。一方、アニメの場合は事前に台本を渡されるもののアフレコ時は無音の状態であり、映像も未完成であることが多い。
録音の工程はデジタル化されており、ハードディスク録音のため、ミスがあってやり直しになってもその台詞だけをリテイクするだけで済むようになっている[6]。かつて録音テープの編集ができなかった時代にはやり直し (NG) を出すと最初から収録をすべてやり直す必要があり[6]、本番ではたいへんな緊張感があったという。さらに遡るとテープ収録がなかった時代には生放送でアフレコを行なっていた。
松田咲實によれば吹き替えとアニメとでは録音技術が異なっており、吹き替えの収録に使えるスタジオはアニメの録音スタジオより数が少ないとされる[7]。
スケジュールの都合などで別に1人だけ収録する場合は「抜き録り(ぬきどり)」、「別録り」[7]、「オンリー録り」[7]といわれる。そのために収録の時は、二人以上の声が同時に重なってはいけない制約がある[8]。宣伝目的で有名芸能人を起用する場合、話題作り(スタジオに特設のセットが用意され、報道陣前でアフレコを行う)やアフレコに不慣れなことからやり直しを何度もするためにオンリー録りが行なわれることもしばしばある。オンリー録りの場合は先に録音した声優の芝居を聞きながらアフレコを行えるため、単独でも掛け合いの芝居が成立するとされる[7]。
コンピュータゲームの台詞収録は多くがアフレコではなく事前収録ではあるが、オンリー録りがほとんどである。また、映像作品のような画面を見ながらの収録ではないためアフレコ用の録音スタジオを使う事はなく、ナレーションの収録に近い。近年ではモーション・キャプチャーの映像を参考にレコーディングが行なわれることもある。
デジタル録音が可能になったことにより、アフレコの合理化が進んだとされる[6]。
アニメの場合、画が完成していないままアフレコをすることが多いため、ラフ原や絵コンテを簡易撮影した素材を参考に演技し、台詞の場面では役名が表記されたボールドと呼ばれる四角い印が出る。簡易撮影した素材も無く、色のついた線や、動く口が表示されるタイミングで声優が台詞を喋る「白味線録音」[7]、「白味線録り」[9][10][11]、「妖怪口パク」と呼ばれる手法でアフレコが行われることもある[9][10]。
1991年の時点では、アニメ作品のアフレコの9割は白味線録りで行われており[11]、キャラクターの表情や細かい動きがわからない状態で演技をせねばならず、声優にとって負担が大きいとされる[7]。過去には絵が完成していないことを理由に声優が帰ってしまい、アフレコが中断になったこともあったとされる[7]。アニメ作品のアフレコ現場で、絵の無い環境で役の外見のイメージと合わないと駄目だしをされた著名な俳優が、「イメージ通りにやらせたいなら絵を作って持って来い」と激怒したことがあると若山弦蔵は語っている[12]。
声優の若山弦蔵は自身がアニメに出演しない理由として、白味線録音が嫌だったことを挙げている[13]。
出来るはずのないことをやってしまうのが問題で、テレビ局は『声が入っていればいい』という感覚なんでしょうね。—若山弦蔵、週刊読売 、1991年4月7日号
島田敏は「画があればもっと良い作品に出来る」と悔しい思いを語り[11]、野沢雅子は「綺麗な草原との台詞があってもそれが近くにあるのか広がっているのか分からない」と述べている[11]。
声優やマネージャーなどからアフレコ時に絵が完成させることは再三要望されているとされる[7]。若山弦蔵によれば他の声優とアニメの収録について話した際に絵が無い環境について不満を述べれば仕事が来なくなると答えられたと述べている[12]。
2020年、新型コロナウイルス感染症の影響により、ソーシャルディスタンスによる収録、アクリル板その他により、隣の人と空間をできるだけ分けるようにして収録されるようになった。また、少人数で小分けにしてアフレコを行う分散収録が多用されるようになり、感染症の流行が落ち着いて以降も、収録現場の負担軽減のため継続して分散収録が行われるようになった。
実写作品の場合
編集実写作品において一般的に防音された屋内スタジオでの収録では台詞も同時録音し、屋外などの撮影で明瞭に台詞が収録されない場合にアフレコ(アテレコ)が行なわれることが多い[2]。「身につけている衣装が雑音を出す」、「送風機などの機材を使用している」[2]、「水などの雑音を出すセットが組まれている」などの場合は屋内でもアフレコが行われる。演技の質が下がることもあるといった理由から、イギリスの音響効果技師、ポール・マクファデンは「アフレコは最終手段であり、撮影時の録音を使うことが望ましい」としている[2]。スローモーション時、代役(スタント)などのシーンでは、アフレコが必須となる場合もある。
監督や俳優の中にはアフレコを嫌っている者も多いとされる[1][2]。
また、製作予算節減のためにアフレコを行うことがある。これは「現場で同録するためのスタッフや機材を配置できない」「台詞の演出上の言い回しを気にすることなく撮影のスピードアップをしたい」という事情があるからである。また、日本のピンク映画でも台詞だけアフレコしている作品が多いが、作品の性質以外に予算上の理由があるからである。
香港映画の場合1990年ごろまではアフレコが主流であった。これは香港映画の場合広東語の公開となるが、広東語映画として発表すると外国映画扱いとなって輸入関税が掛かったため、声優の職場確保、英語や広東語、北京語などの多言語収録を容易にするためにアフレコですべての音源を録音していた。
歴史
編集アフレコ日本初の16ミリ磁気フィルム録音機制作番組は1956年に日本テレビで放送されたアメリカテレビ映画『ジャングル・ジム』である。それ以前は制作側は吹き替えの録音に当たり音と画面の同調に悪戦苦闘していた。音と画面のずれが5コマ以下であれば視聴者はずれに気付かなかったため、ミキサーを素早く操作してテープの「ス」を作って誤魔化してきたが、神業にも限界があった。このような状況を改善すべく第11話の制作から16ミリ磁気フィルム録音機を導入。この録音機により、アフレコは飛躍的に進歩して行くことになる。
アフレコ初期の出演者は「アテ師」、「アテ屋」などと呼ばれていた。当時は文学座、新人会、劇団四季、テアトル・エコーなどの群小劇団は、ユニット制で出演したり舞台と掛け持ちで出演したりして重宝された。
1990年代に入りアフレコにも技術革新が及ぶようになった。アニメ監督の谷口悟朗によると、1995年放送のテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の辺りでアフレコマイクの品質が向上し、以前は甲高いか低いかでしか拾えなかったのが、高低の中間の音が拾えるようになったという[14]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ a b c d 伊丹十三『「マルサの女」日記』文藝春秋、1987年、261頁。ISBN 978-4163414102。
- ^ a b c d e f g Russell, Gary 著、安原和美・花田知恵 訳「「ぴかぴかに新しい音」音響効果」『『ドクター・フー』オフィシャル・ガイド 3 インサイド・ストーリー』キネマ旬報社、2007年、123-126頁。ISBN 978-4873766508。
- ^ a b c 小西友七(編)『ジーニアス和英辞典 ハイブリッド式 2色刷』(4版)大修館書店、2001年4月1日、1930頁。ISBN 4-469-04150-5。a……注意すべきカタカナ語とも。
- ^ a b c d “Adventures in Voice Acting Volume One”. IGN. 2023年1月23日閲覧。。
- ^ Buttrick, Kelley. “What Voice Actors Should Know About Looping, ADR Walla” (英語). Backstage. 2023年1月23日閲覧。
- ^ a b c 西正「高価格の日本語版、低価格の日本語版」『コンテンツホルダー優位の時代―ムービーテレビジョンの挑戦』中央経済社、2002年、179 - 180頁。ISBN 978-4502581007。
- ^ a b c d e f g h 松田咲實「第2章 業界の仕組み」『声優白書』オークラ出版、2000年3月1日、124 - 133頁。ISBN 4-87278-564-9。
- ^ 『ファミコン通信 no.240』アスキー、1993年7月23日、12頁。
- ^ a b 石子順「子どもの文化ジャーナル アニメーションに本当の生命を吹き込むために」『子どもの文化』5月号、文民教育協会子どもの文化研究所、1991年5月、52 - 53頁。
- ^ a b 石子順「アニメ文化が危ない」『前衛』5月号、日本共産党中央委員会、1991年5月、180頁。
- ^ a b c d 今野健一「アニメやドラマの創り手たちはいま」『月刊民商』6月号、全国商工団体連合会、1991年6月、47頁。
- ^ a b 「言語文化の担い手に聞く--声優三十年」『月刊ことば』、英潮社、1980年6月、63頁。
- ^ 『週刊読売』1991年4月7日号、読売新聞社、1991年4月7日、232頁、NDLJP:1815044/117。
- ^ Hokuto.K (2010年1月17日). “業界関係者が本音を明かした「オタク文化の10年」PD(明大アニ研シンポ後編part1) アキバ総研編集部”. アキバ総研 (カカクコム) 2010年2月4日閲覧。[リンク切れ]