伊勢丹
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- 大手百貨店には含まれてるけど、店舗数が少ない。
- 新宿本店以外の店舗が、どこにあるのかよくわかんない。イメージも沸かない。
- 京都に行ったときに寄っただけという奴も少なくないはず。
- 特に関西人はそういうのが殆ど。
- と、言うか京都駅ビルに出店するというニュースで始めて存在を知った関西人も少なくない。
- 特に関西人はそういうのが殆ど。
- 浦和の伊勢丹はコルソとくっ付いてる。
- 浦和の伊勢丹はさりげなく稼いでおります。
- 浦和の伊勢丹は伊勢丹グループの初の出店での黒字店。(以前出店の松戸、立川、吉祥寺(まもなく閉店)はすべて赤字だった)
- 浦和区は地味に所得が高いから、たぶんその所為。
- 浦和の伊勢丹は浦和レッズの優勝セレモニー会場。
- 浦和の伊勢丹はさりげなく稼いでおります。
- 松戸は10階立て。市民文化会館や銀行と同居。
- その辺を歩けば某地銀があったりする。
- 長崎屋の跡地を買い取って新館にしたのよね。
- しかし、松戸の伊勢丹は2018年春に閉店決定。
- 閉店後も、お中元・お歳暮の時期だけギフトセンターが開設されている。しかも場所が元ニューオータニ20階の回転するレストランがあったところ。
- 残念ながらこのギフトセンター開設も1年で終了。利用者には、今後は新宿店からギフトカタログが送付されることに。
- 閉店後も、お中元・お歳暮の時期だけギフトセンターが開設されている。しかも場所が元ニューオータニ20階の回転するレストランがあったところ。
- 2019年4月、松戸店の居抜きでショッピングセンター「キテミテ松戸」がオープン。
- その辺を歩けば某地銀があったりする。
- プロレスファンにとってはタイガー・ジェット・シンが猪木を襲った場所という認識。
- ちなみに新宿本店。
- 演出ではない(実際警察沙汰になった)が、その後のストーリーは生まれた。
- 吉祥寺店は店舗面積が狭い上に品揃えも中途半端.....
- その分感じのいい店員さんが多いので、化粧品はここで揃えています。
- その伊勢丹は今ではもう閉店して「コピス」っていうショッピングモールになっているとか。
- その分感じのいい店員さんが多いので、化粧品はここで揃えています。
- 立川店の旧店舗にビックカメラ立川店が入った
- それ以前の店舗跡地も、いまだ別の商業施設として使われているらしい
- 2008年4月に三越と経営統合。
- 元は小菅家の同族経営だったが、1980年代に経営危機に陥り、三菱商事と三菱銀行の支援で再建した経緯を持つ。
- 三菱グループの各組織には参加していない。
- 「伊勢丹」の商号は小菅家の屋号と当主の名に由来。「伊勢屋丹治」なので「伊勢丹」。
- 今も新宿本店本館屋上に初代丹治の胸像がある。
- ロゴが赤い(というか臙脂色)のって、静岡伊勢丹だけ?
- その静岡伊勢丹、ずーっと商店街であるとはいえJR駅からだと結構歩く。
- 2011年、阪急・阪神・大丸がひしめき合う梅田へ殴りこみを掛ける予定。京都でのvs近鉄戦は制したが、果たして…。
- 今(2013年)のところ、三越伊勢丹の一人負け状態。隣のルクアの後塵を拝す始末。
- 結局、2014年早々に店舗面積縮小の方針を発表。京都の黒字を食いつぶすだけでなく債務超過状態になってしまっては致し方なし。
- 東京流の売場作りが大阪の客の趣味に合わなかったというのがもっぱらの見方。
- 同じ東京資本でもヨドバシカメラは梅田でも成功してるのに。
- ヨドバシは元から大体数%引きされている安さとポイントもあるけど、品ぞろえの豊富さで見に行ってつい買ってしまうことが効いている。これを何故生かさなかったのか・・・。
- 同じ東京資本でもヨドバシカメラは梅田でも成功してるのに。
- 売上高は郊外型百貨店の京阪百貨店守口店にも負けている。梅田の一等地でこれは情けないと言うべきなのか、逆に京阪百貨店が凄いということなのか。
- そして2015年4月にルクア1100(イーレ)、つまりルクア別館という形でリニューアルオープンすることに…実質三越伊勢丹としては撤退した。
- 三越伊勢丹はルクア1100の中にある小型店という位置づけとなった。
- そのテナント扱いの小型店も2017年春に更に縮小され、完全撤退も時間の問題との見方。
- 三越伊勢丹はルクア1100の中にある小型店という位置づけとなった。
- 京都は閉店に追い込んだ近鉄百貨店だけだったのと大阪とは違う指向で勝負できたが、梅田はデパ地下の阪神、王者阪急、その中間に入り込む大丸では付け入る隙がなかったかもしれない。
- 京都では逆に四条河原町の阪急を閉店に追い込んだ。
- 東京流の売場作りが大阪の客の趣味に合わなかったというのがもっぱらの見方。
- 結局は場所が悪かったと思う。私鉄・地下鉄との乗換通路からも外れているし。あの場所じゃ梅田地区の一番北西のはずれ。
- ただグランフロント大阪のオープン後も改善しなかったから、場所だけのせいにも出来ない。
- 最近では、三越と伊勢丹のいいとこ取りのつもりが、ことごとく中途半端だったのが原因とされている。
- ただグランフロント大阪のオープン後も改善しなかったから、場所だけのせいにも出来ない。
- 結局、2014年早々に店舗面積縮小の方針を発表。京都の黒字を食いつぶすだけでなく債務超過状態になってしまっては致し方なし。
- 仮に大阪でも成功できていたら次は神戸(三宮)ということになっていたかも。
- 今(2013年)のところ、三越伊勢丹の一人負け状態。隣のルクアの後塵を拝す始末。
- 小倉店は経営不振のためか撤退してしまった…。現在は地元百貨店井筒屋の系列、コレットとなった。
- コレットといっても岩田屋同様伊勢丹の皮を被った井筒屋。その井筒屋は福岡三越が来るまで三越系。
- 1958年の2月14日に、始めてここの新宿店でチョコの販売キャンペーンが行われた。
- イギリスの習慣に倣ってメリーチョコレートが始めたものの、1958年の開始初年は僅か5個、170円分しか売り上げが無かった。
- メリーチョコレートと森永製菓はその後も販促活動を続け、昭和50年代にようやく今日のような形で日本にも根付かせた。
- フィリピンのマニラにはIsetannというデパートがあり、昔の伊勢丹の花マークと当時の書体そっくりのロゴを使っている。もちろん伊勢丹とは全く無関係。
- 実は新宿本店が出来る前の本店は秋葉原の駅前にあった。今もあったとしたら周りのお店とはかなりのミスマッチとなっていただろう。
- 御徒町の松坂屋と客を取り合っていたと思われる。
- 電気街はともかくオタク街は形成されていなかったかもね。
- もし今も秋葉原に伊勢丹があったら案外飲食店街にメイド・コスプレ系の飲食店が入居していた可能性もある。キュアメイドカフェやシャッツキステのような落ち着いた路線の店ならデパートの飲食店街に入居していても違和感はない。
- 大阪にもかつて似たような例があった。松坂屋大阪店は天満橋に移転する前は日本橋にあった。
- 再開発と伴い、秋葉原にある「伊勢丹発祥の地」の碑が撤去された。
- 跡地には住友不動産の巨大なギャラリービルが建っている。あそこ実はオタク街とかなり離れているので、もし今あったとしてもカオス感がないと思う。
- その場合、総武高架沿線が盛んでいたことになる可能性もある。(位置的に御茶ノ水と秋葉原駅のちょうど真ん中なので)
- あるいは万世橋駅が存続していた。
- 跡地には住友不動産の巨大なギャラリービルが建っている。あそこ実はオタク街とかなり離れているので、もし今あったとしてもカオス感がないと思う。
- 紙袋がリニューアル。
- COWCOWの多田健二もそれに合わせて服をリニューアル。
- 呉服系の百貨店だが、他の呉服系デパートとは異なり「老舗」や「暖簾」より「ファッショナブル」や「お洒落」を売り物にしている。
- 伊丹市に進出したことはない。
- 日本国内店舗
- 本店:新宿本店
- 直営支店:立川店/浦和店
- 別会社支店:新潟伊勢丹/静岡伊勢丹/ジェイアール京都伊勢丹/ルクア1100内isetan各ショップ(旧JR大阪三越伊勢丹)