中京都

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中京都行政府

中京都(ちゅうきょうと)とは、名古屋共和国首都である。旧名は名古屋市(なごやし)。ベトナムのサイゴン市改めたホーチミン市と同様に、今なお旧名で呼ぶ人が多い都市でもある。旧市役所は名古屋駅前の大名古屋ビルヂングにあり、市章「丸八」の旗が掲揚されている。

名称[編集]

「中京」という名は、自分が日本列島の中央だと思っている事から自称した物である。しかし、元々首都であり昔から繋がりの深い京都市中京区(なかぎょうく)と混同される為、市民の間では定着しておらず、多くの人は旧称の名古屋を用いている。又、本来の名称は「中京都」ではなく、高知県のここ宮城県のここと同じく「中村市」である。

なお「京」や「都」を名乗っているが、実質的にはトヨタ霞ヶ関、そしてJR火災の直轄地である。名古屋駅前の高層ビルなどがそれを象徴している。

言語[編集]

全ての名古屋共和国民は、日本国民から見るとが鳴いているような声で話しているみゃー。しかし名古屋国民は、日本に移動すると流暢な日本語を話し、名古屋語を話す事は少ないんだみゃー。また、日本国を経済的従属国として従えるようになった現在は、日本国民の前では日本語を話すことが一般的であるみゃー。これは名古屋人が生来持っている秘密結社性を如実に表す事実であるみゃー。従って、名古屋共和国内の日本国民は、一般的には名古屋人同士の会話を理解できないんだみゃー。

近年、有名になった名古屋語に「やっとかめ(八十日目)だなも」があるみゃー。これは既に周知のとおり、日本語の意味は「久しぶりジャン」であるが、あくまでもお上品な方々の言葉であり、俺らみたいな下町っ子は使わないみゃー。使ってはいけないんだみゃー。

なお、これら言語を「縮尺された日本」だと評する向きもあるんだみゃー。

市歌[編集]

  • 名古屋はええよ!やっとかめ
名古屋の自虐感を、逆手にとって東京や大阪に対する優位性とすべく作詞作曲されたものであり、今なお市民から注目を浴びる存在となっている。もっとも、他国人の前では歌うことは無いが。
これは名古屋市の市歌であるが、知名度は低い。
歌詞に「城がなければただの町」というフレーズがある。

歴史[編集]

徳川家康が江戸に幕府を開いた後、江戸にとって脅威になる京都の天皇と大坂豊臣秀頼伊勢の神宮が反乱を起こさないよう監視する為に、豊臣秀吉の出身地に名古屋城を建設し、清須からついでに街を移転して城下町を作り上げ、和歌山彦根安濃津(外様だが風見鶏の藤堂)・福井姫路と同じく、「京都に近い江戸の側近」として江戸時代を送った。…これが真の歴史である。

しかし、ギガゾンビドルネロと同じ時間犯罪者・地理犯罪者である名古屋人(赤穂の非国民どもに斬殺された清水義久の末裔)が書いた歴史書『金鯱の夢』(集英社)は、以下の通りに記されている。

名古屋城の建設者は豊臣秀吉の嫡男で、名古屋幕府初代将軍の豊臣秀正であるといい、秀正が傅役福島正則とともに清洲からこの地に都を遷すべく、プランニングを行った。そして、西暦1615年の江戸夏の陣に於いて、秀正の舅であった徳川家康は豊臣秀正に滅ぼされ、名古屋幕府が樹立された。名古屋幕府は一般的に江戸時代(厳密には名古屋時代)とされている時代を統治し、名古屋語は日本の共通語であり、名古屋は日本国首都であった。

京都のタイムパトロール隊は、名古屋のギガゾンビを亜空間破壊罪で逮捕し、『金鯱の夢』を発禁と焚書の刑にした。仕方がないので、作者は「先祖の清水一学が昼行燈と半島からきた在日三世をボコボコにする」ストーリーの『吉良上野介の忠臣蔵』を書いて印税を稼ぐ方針に変えた。この焚書事件で泡を吹いた名古屋の小説家たちは、大好きな京都に旅行したり、本業のユーモア小説の執筆に忙しかったり、龍群の軍師も兼任している為に龍群の調子が悪いときには殆ど執筆を停止するなど、あまりやる気が無いようである。

  • 2022年2月2日を「名古屋の日」とし、公休日(ただし名古屋人のみ)とする予定がない。にゃんにゃん。

気候[編集]

1959年9月下旬には伊勢湾台風2000年9月11日には豪雨に襲われるなど、伊勢湾沿岸とあって気候は南畿内(安濃津新宮奈良、大台ケ原など)と同一であり、台風銀座である。これらの水害では多くの家・車・堀川のヘドロが流されるほどで、これを中京都民は「名古屋911テロ」や「元祖911テロ」と呼ぶ。

地域[編集]

行政区[編集]

中京都の地図。
赤:名城カリスマ区・黄:特別区・藤:一般区

元々は一般的な区(現:一般区)のみで分けられていたが、独立に伴い周囲との雰囲気が極端に異なる地域として新たに「特別区」が設けられた。なお特別区名は全て「地域名 カタカナ」の組み合わせである。 同時に一般区も、位置の明確化や呼称の利便性を図り、分割・合併・改称された。また、旧尾張旭市甚目寺町大治町七宝町は中京都との結びつきが強かったため、中京都に編入された。しかし、甚目寺町と七宝町が現在お隣の美和町と手を組み反乱を起こしていて、近い内に「アマ市」なる名前で独立する可能性が高い。

地域特性[編集]

名古屋駅周辺を除き、高層ビルと呼べるものは建っていない。経済的には繁栄しているにもかかわらず無駄なところには絶対に金を使わないという堅実な国民性が現れている。この駅から西は「くそ(木曽)しながら(長良)いびる(揖斐)」という、あずまんが大王の名台詞でも知られる木曽三川を越えないと、経済的に豊かなところがない。

また、愛知県と呼ばれるところが名古屋の中には存在する。決して名古屋が愛知県のなかにあるのではない。だから他国の人に名古屋県と呼ばれることがあるがそれは決して誤りではない。念のため。

名古屋城[編集]

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町の名物として豊臣秀正が築城した名古屋城がある。裕福さを象徴するその姿は、「派手」というステレオタイプなイメージとは異なり、いささか保守的。しかし、昭和5年12月11日に付の宮内省告知により国宝第一号に指定されたことが名古屋ひきこもり協会の誇りであり、非常に特徴的な姿で特に天守閣の巻き紙は全国的に有名である。一般的な名古屋城の派手なイメージは、保守的な姿を常に派手な外装で擬装していることからイメージされるものだろう。

この外装は、だいたいがシャネルエルメスなどのブランド物。にも関わらず、保守的なイメージが付きまとうのは、外装の決定を実際にしているのは、城見物にくる客の親世代であり、どうしても世代的なギャップから保守性を醸成するためであろう。

しかし、比較的に建築年代が浅い城にまで、上品かつ保守的な雰囲気を持たせるためには莫大なコストが必要であり、このコストをまかなうための人頭税(娘を持つ各家庭に対し、娘の人数分が課税される)は、裕福な名古屋人にとってもかなりの重税だと言われている。近年、戦時中に焼失した二の丸御殿を再建するかどうかが中京都の政治的関心事にもなっている。

地下迷宮[編集]

名古屋には前述したように高層ビルが少なく、都市機能の多くは地下に潜っている。特に名駅、栄の両地下迷宮の難易度は世界屈指であり、最深部に関しては全く情報公開されていない。

その広さ、深さもさることながら、方向感覚を失わせ、行くたびに経路が変わる「不思議のダンジョン」であるため、風来の試練の愛好者がよく地下に降りていくのが目撃される。が、非常に難易度の高いダンジョンであるため、無事に生還できる者すら極めて少なく、現在では同競技においてAランク以上のライセンスを持つプレイヤーのみが挑戦を許されている。

このため生粋の名古屋共和国民でさえ、中学生くらいまではリアルに迷子になるという。地下迷宮を無事突破できて初めて一人前と認められる。

また名駅のエピスタ界には名古屋国民の経済感を象徴する有料トイレが存在する。

最深部への挑戦者(公式な記録がある者のみ)

名駅[編集]

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中京都の中心駅は、名古屋市が中京都に改称した今も「名古屋駅」を名乗っている。さいたま市にあるJRの駅が未だ大宮駅浦和駅を名乗っているのと同様であるが、改称しなかった背景には地名の問題があった。

名古屋駅やその周辺のことは古より略して「名駅」と呼んでいたが、それが1977年には地名となって、完全に市民からは駅周辺の一帯を指す通称として定着していた。それをもし「中京駅」とでも改称しようものなら、周辺の地名も「中駅」などといった呼称に変更する必要を生じるのである。

冒頭で記したように、未だ「中京都」ではなく「名古屋」と地元で呼ぶ人が多かったこともあって、駅名改称を実施することができず、独立前の状態を維持することが当面の策として決められ、今日に至っている。

昨今は後述するように、栄から繁華街としてのパワーを奪い取ろうとする動きも見られる。

なお名古屋駅は東海道本線の開通時には設置されず、枇杷島駅や熱田駅より一月遅れての開業で、しかも開業時の位置は現在地よりも南側、今の笹島交差点の辺りであった。開業時は熱田の方が港(江戸時代の東海道の宮宿)があった関係もあって栄えており、名古屋駅が開業しなければ広小路通ではなく大津通が名古屋のメインストリートになった可能性もある。

中京都きってのターミナル駅である名駅直下には前述の地下迷宮が存在し、異国からの来訪者をことごとく飲み込む。このダンジョンは駅を挟んで放射状に広がっており、駅と完全に融合しているため通路が入り組んでいて階段が多く、いちど飲み込まれたら自分が現在どの階層にいるのかわからなくなる。

又、この名古屋駅付近は、全国の中村さんには有名な土地であり、名古屋駅を「中村駅」と呼ぶ人々もいる。というのは、名古屋駅付近は、元々は「中村」という地名であったからである。現在でも、中村郵便局があり、中村座が名古屋で公演することもある。しかし、名古屋城が中村城を称したことは無く、名古屋駅が中村駅を称したことは無い。一方、宮城県の中村(相馬市)は相馬家の本拠地として有名であるが、中村城があり、中村藩と中村県の首府であり、中村駅を称していた。しかし、名古屋市と相馬市の双方とも、隣町が「原町」であり、原町による中村への強請りたかり(愛知県の原町宮城県の原町)に悩まされている。

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現在の栄の様子。名駅とは違いかなり寂れている。

名古屋最大の繁華街は、名古屋駅より地下鉄で東へ2つ行った所にある栄である。ここには有事の際、飛行機が離発着できるように設計された100m道路の久屋大通が通り、名古屋テレビ塔と共に名古屋のシンボルとなっている。間違っても札幌市の大通公園(道路幅120m)に似ているとか、近いうちにテレビ塔なのに放送電波が出なくなるとか言ってはいけない。なお、これらテレビ塔は、北隣の師勝市原町に移転し、「師勝テレビタワー」に改名する予定である。なお、師勝の盟友である宮城県の原町市は、ラジオ塔の街である。

中心駅から地下鉄で2・3駅離れた場所に繁華街がある構造は、札幌の大通・すすきの福岡の天神と同様であるが、昨今は「名駅へ繁華街を集結させてしまおう」という合理主義的な市民思想が影響し、百貨店の売り上げなどが名駅近くの店に食われるなど、若干地盤沈下の兆しも見られる。栄の人にこれをいうのは禁則だが。

ここの地下迷宮は名駅のそれとは違い、完全格子状である。だが格子状だからといって侮ってはいけない。縦横無尽に広がる地下迷宮の恐ろしさ…、経験しないとわかんないよ。なお、最深部の「水晶の間」には、FFの主人公たちが追い求めるクリスタルが眠っているという。

大東京帝国電器街出身アイドルグループの姉妹グループが結成されたが、この国の方々はこちらを本家と思っているみたいだ。

大須[編集]

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繁華街として知られる栄の南方には、異様な雰囲気が漂う若者&老人の街こと大須がある。単に大須観音がある門前町だと思ったら大間違い。老人から若者、おばちゃんヤクザオタク外人など、様々な人種が一つの商店街に集まっている異様なカオス空間である。

浅草かつ巣鴨かつ上野かつ秋葉原かつ原宿…と東京の様々な地域の雰囲気に加え、大須の独自アイテムを一度で味わえるお得な地域といえるが、慣れないとそのブレンドざまについていくことが出来なくなる危険地帯といえる。

霊峰[編集]

名古屋は大阪と同様に平野ばかりの単調な所だというイメージがあるかもしれない。しかし大間違い。東部には八事山などといった山がいくらか存在し、起伏に富んだ地形を形成している。

そんな中、八事山に近い所に名古屋を始めとする食通が霊峰とする山がある。その山頂には喫茶店があるというが、登頂の過程でかなりの人が遭難し、行方知らずになってしまうという噂がある。真偽は定かではない。名古屋市民は単に「マウンテン」・「山」と呼び、その事実は正にこの山が名古屋を代表するものであることを指し示している。

  • 八事山:名古屋のピラミッドと呼ばれる
  • 本山:かつて原人が多く生息していた
  • 桜山:病院がある
  • 南山:優良な子息が通う学校がある
  • 東山:子守熊が住んでいる
  • 守山:滋賀県の飛び地

交通[編集]

名古屋共和国#交通だがやぁ」も参照。

交通インフラに関してはあまり発達していない。そのため、インフラ整備よりも手段の改良(改善)が行なわれ、宗主国であるトヨタ王国製の機織り機械の仕組みを利用した、オートモービルと呼ばれる移動手段は異常に発達し、他の交通手段を排除している。そのためか交通事故が非常に多く、今ではアフリカの国を抜くワーストクラスである。

したがって、日本のみならず世界で最も重度の車社会である。歩いていけるのは3分まで。それ以上は車。歩いて5分のコンビニに行くのに、車を出して遠回りをして10分かかるのは気にしない。栄や名古屋駅は車で行くのがデフォルト。従って、地下鉄バスはがらがらである。特に桜通線とかね。

鉄道に関しては、今のところは東京や大阪に比べて便利とは言いがたい。ただ、現在の鉄道とは異なり、昔は昼間であっても1時間に1本しか来ないダイヤであった時期がある。それに比べたら随分とましである。なぜ1時間に1本しか来ないのかというと、単に名古屋が東京と大阪の間に過ぎないから、というか、紀伊半島の付け根であり、伊勢湾の奥まった所で敦賀の太平洋版みたいな位置だから。東京や長岡など東日本の住民は、新幹線や特急で名古屋駅や敦賀駅に到着すると、「もうすぐ京都だ!!」っていう気分になる者が多い。

そしてそのせいで遅い、来ない、すぐに混むという短所ばかりの選りすぐりであった。近年では電車の本数は数段に多く、待たなくても乗れることが出来るが、今度は電車の編成車両が東京や大阪よりも格段に少ないため(2006年10月のダイヤ改正で東海道本線の快速は6両になったが、中央本線の10両や名鉄の8両に比べてもまだ短い)、乗るだけでぎゅうぎゅうになっており、今も昔も変わらず不便である。

いまだに都会のど真ん中を名鉄やJRの2両編成の電車が颯爽と走り抜ける。時代遅れもいいところである。

海路ではトヨタ王国の工業製品は元より、滋賀県の工業製品の輸出入も担っている。滋賀県が信長と秀吉の地盤だった歴史も加わって、物流業者の間では敦賀が「滋賀県敦賀市」と呼ばれるのと同じく、名古屋も「滋賀県名古屋市」と呼ばれている。もしも豊臣秀吉が長浜に遷都していたら、名古屋(太平洋岸)と敦賀(日本海岸)は完全に長浜のベッドタウンになっていたであろう。

また、後述の名古屋走りにもみられるように、交通マナーが悪いことでも知られている。交通事故死者数を見ると一目瞭然。北海道とか広くてしょうがないのはともかく、あんだけ公共交通機関が発達してる都市部で何であんなに事故があるのよ? と言うか、共和国全体がそう。三河ナンバーには気を付けろ。

それでもマナー啓発活動が行われず、取り締まりが緩いのは、もちろんトヨタのお膝元だからである。

名古屋走り[編集]

車線跨ぎで走ってる、どこへ行くのかはっきりしない迷惑車のことを指す。車の信号は福井大阪と似ていて、「青は進め、黄色は急いで進め、赤は注意して進め」である。ただし、青になった瞬間に0~400mダッシュを決めないと後ろから追突される。全速で交差点を突っ切らないと、また全赤のうちに渡りきらないと側面からの攻撃を受ける。もっとも注意すべきは黄色である。黄色になったからといって停止することは、後続車から追突されるため禁忌であるが、同時に側面からの発進してくる車輌への注意も必要となる。→信号が設置されている場合にはさらに危険度が増す。特に名四アウトバーンでこれを行うことは死に直結する。

赤信号で先頭で停止してしまった場合は、後続車輌のドライバーが降車してきて攻撃してくる場合があるので、ドアロックを忘れてはならない。

8時以降駐車規制が解かれる夜間には、飲食店が立ち並ぶ市内ご自慢の100m道路が超巨大駐車場と化す。

又、名古屋は伊勢志摩や琵琶湖若狭湾に近いため、三重県内や滋賀県内でも名古屋走りが多く目撃されている。三重県民と滋賀県民は、名古屋走りに眉をひそめている様子だ。

教育・就職[編集]

名古屋市民は余り外へ出て行かない傾向を持っており、地元で一貫して生活するのが正しいような風潮もある。又、「名古屋は京都の家来」と言われる通り、京都市民の引き篭り根性をごっそり継承している都市でもある。これを推し進めるための秘密結社に、名古屋ひきこもり協会がある。

学業や就職に関しても、縦え京都や東京へ出て行った所で、最終的にはブーメランみたいに帰って終うのが定番である。しかし、出世した名古屋人は京都に転居し、京都で死ぬ者が多い。私立高校よりも公立高校の方がレベルが高いという地域性もあり、国粋主義者が多く育っている。彼らはトヨタを筆頭とする名古屋共和国内の企業や官署に就職し、名古屋の富国に貢献している。まれに国外追放ないし流入もあるが余り気にしないように。

一方で、名古屋市内には「東山」「伏見」など京都の地名が多く存在する事で解る通り、京都にルーツを持つ学校も多く存在する。

生活[編集]

名古屋城に象徴されるように、街には保守的な雰囲気が漂い、風紀を正すための条例までも存在する。夜9時を以って全ての店は閉まる事になっている。尤も、昨今は守らなくなった闇店鋪も増えている。又、鉄道の運転時間も朝6時から23時台まで(大阪でも5時から0~1時台)と、マクドナルドの「もう開いてる、まだ開いてる」を、キャッチフレーズに反した行為もポリシーとしている。飛行機も東京に飛ばさない。これらは名古屋を「大いなる田舎」と蔑んで呼ばせる要因の一つにもなっている(てゆーか東京なら新幹線のが早いし…)。

余談であるが、伊勢は夜7時、奈良は夜8時を以って全ての店は閉まる事になっている。まぁ、名古屋から伊勢や奈良は近いし、同じ紀伊半島近鉄王国だもんな。

喫茶店を好んでおり、朝昼晩の3食を喫茶店で済ます者が多い。コーヒーチケットと言うコーヒーを飲むための回数券が存在する。コーヒーを含むドリンクには豆菓子(揚げたもの,ピーナツなど)がついてくるが、さらに午前中にコーヒーを注文すると、パンなどの朝食がついてくるのが暗黙の了解となっており、名古屋でのモーニングコーヒーはこのことを指している。又、喫茶店は重要な会議場としても機能しており、国家レベル(笑)の会議を行うことすらある。東京で流行っているスターバックスドトールコーヒーは、過去には名古屋に進出したが、おしぼり、雑誌、おつまみ等が無いということで客足が途絶え、1年足らずで撤退した。 また、喫茶店では小倉トーストやシロノワールなど名古屋発症の「都市伝説化した食べ物」が普通に販売されている。

名古屋市民はとんでもなく強欲な上、吝嗇(どケチ)であり、ワガママである。これは、名古屋に限らず霞ヶ関の出先機関で焼け太りした都市に見られる特徴的現象だが、名古屋はこの傾向が特に強い。畿内辯をまくし立てる滋賀県民と三重県民を、「滋賀作」「三重作」って嘲ったり、属国呼ばわりするのは朝飯前である。しかし、滋賀県でも敦賀にだけは頭が上がらない。これに対して、名古屋人のストーカー根性を、滋賀県民と三重県民は「味噌作」「バゴヤストーカー」って蔑んでいる。

東の東京や、西の伊勢奈良京都大阪に行く際は、新幹線を使わずに鈍行列車やバスを使う。近隣の伊勢志摩や琵琶湖や若狭湾に行く際には、自家用車を乗り回す。新幹線が名古屋駅を外す現象は「名古屋飛ばし」と呼ばれるが、名古屋が畿内地方から外される現象も「名古屋飛ばし」である。冒頭のリュシータの発言にもある通り、名古屋は長浜敦賀と同じく、織田信長や豊臣秀吉の領土で京都の家来だったし、熱田神宮に三種の神器の一つが祀られている事で解る通り、伊勢の弟分だった(外の地方で似たような現象には、「沼津飛ばし」もあるが)。しかし、JR倒壊の宣伝を見ると解る通り、名古屋人は、京都(母)や伊勢(いとこの姉ちゃん)や奈良(伯母)の恩を忘れて、京都や伊勢や奈良の観光地を名古屋の私物であるように宣伝するため、名古屋人のワガママに対して京都人伊勢人奈良人はカンカンに怒っている。裏返すと、名古屋は京都がいないと何もできないヘタレに過ぎない。この弱みを見ている三重県民と滋賀県民は、「京の都の御恩を忘れたのか!?」「京都がいないと何もできないくせに!!」って名古屋人を脅している。

ただ新幹線を使わないわけではなく、新幹線のような兵器で遠出に行くことがある。又、名古屋市民の家は、どこでも家の下を掘れば日本円の札束が出てくるといわれている。しかし婚姻の際には、派手に金を使う。開店祝いの花輪が、開店と同時に奪い去られることは有名である。そして、葬式の花輪も、出棺後に参列者が抜き取って持ち帰る風習がある。

名古屋人は新奇なものには金を使わないので、パイロット店鋪として名古屋を利用(名古屋で売れるなら他国でも売れると推測)する企業は多数ある。しかし、その多くは豊富なチャレンジャー精神を満たしただけで終わることが多い。例えば、メリケン・ケンタッキーの唐揚げ屋が日本国より先に名古屋に出店しているが、僅数ヶ月で撤退に追い込まれている。

都市と市民の象徴ともいえるものが、名古屋テレビ塔ナナちゃん人形である。名古屋市街地の中央にそびえるアナログ地上波放送の送受信塔は、その付随民間放送局と共に日本国より先に建築されている。又、名古屋でのチャリティはこのテレビ塔で予告無く行なわれるのが慣例である(慈善活動を志す篤志家はテレビ塔から現金をばら撒く)。テレビ塔を利用する篤志家達をテレビ党と呼ぶ。

一方、ナナちゃん人形の衣装は、名古屋人に季節が変わったことを知らせる広報塔として利用されている。なおナナちゃんと愛称が呼ばれるようになったのは岡田奈々、もしくは水樹奈々がもっと身長が大きくなったらいいのになー、と嘆いたことから建てられたとも言われる。ちなみに榮倉奈々は何こんな馬鹿でかいもの作っているの??ホント、訳わかんないよ、これ作った奴、馬鹿じゃないの、と自分の身長が高いことをいいことにこのナナちゃん人形の存在すら否定している。

また、ナナちゃん人形は衣服を着ていない事も多く、その時は全裸である。名古屋に初めて来た他県の男性は必ずと言っていいほど全裸のナナちゃんをその開いた脚の下から見上げるが、結局すぐに失望したような顔になる。理由は直接見て確かめてほしい。

なお、名古屋市民は「中日」と付くものを崇拝しているが、その中でも新聞竜群は神聖な存在とされ、拝まなければこの地にいられない程である。日本経済新聞だけを定期購読することはできず、常に中日と抱き合わせを強いられる地域もある。

しかし、岐阜市を中心とした岐阜県美濃地方はJR岐阜駅前に織田信長金の銅像(?)が建っているのに通過されるだけ。だって、植民地ですから誰も気にしない

名古屋打ち[編集]

名古屋基濃尾地方出身の人間なら誰でもできるテクニック。シューティングゲーム(主にスペースインベーダーとか)などによく用いられる。また、サイボーグクロちゃんがこの技が使えるのでも有名。名古屋打ちができると尊敬される。

パクリ[編集]

お前の物は俺の物、俺の物は俺の物」というパクリ根性を振りかざす都市は、名古屋市以外はまずないだろう。名古屋には外の地域からパクって来た物や、自ら詐称している物が非常に多い。どれだけの物を名古屋がパクって来たかを、以下に列挙する。勿論、これらの名古屋のパクリ癖が、岡崎豊田など西三河が名古屋共和国から脱退したがる要因になった事は言うまでもない。

中京
名古屋市は「中京」を自称しているが、実際には織田信長豊臣秀吉の領地だったので、京都の勢力圏内に過ぎない。京都の都心が真の「中京」。
東海
名古屋市を本拠地とするマスコミや官衙群は、名古屋市を中心とする地域をトンヘ「東海」と呼んでいるが、実際には京都や紀伊半島各地(伊勢奈良橿原など)の権力者との繋がりが深いので、「畿内」「近畿」の一員に過ぎない。京都政権にも関東政権にも与せず、徳川時代まで「海道」と呼ばれていた、由比から豊川流域までの太平洋岸が真の「東海」。つまり、真の「東海」は、清水浜松を中心とする地域である。
八丁味噌
発祥地は岡崎である。赤味噌のことをすべて「八丁味噌!」というやつが多い。
徳川家康
「名古屋まつり」で三英傑パレードをやっているが、三英傑のうち名古屋出身の武将は豊臣秀吉(中村)だけである。徳川家康は松平郷の出身。織田も越前からきた余所者。
トヨタ自動車
トヨタ自動車はトヨタに本社を置く企業であって、名古屋市内にトヨタの工場は無い。名古屋市は豊田市の外港としてトヨタの車を輸出入してるだけ(ただし営業本部は名古屋駅前のミッドランドスクエアにある)。
大須観音
もともと羽島にあったものを徳川家の命令で移してきたものである。「尾張四観音を答えよ」と聞かれてこれを答えると、名古屋人失格となってしまう。
どて焼き
発祥地は大阪である。
天むす
発祥地はである。
ういろう(外良)
発祥地は小田原である。ないろ(内良)もあるでよ。
きしめん
発祥地は刈谷説と知立説がある。

食性[編集]

一般的な名古屋の食堂のメニュー

また、料理に関しては何から何まで醤油ソースの代わりに八丁味噌と呼ばれる高貴な味噌を用いる。味噌の原料は豆に決まっとるがね。米や麦を使うなんてとんでもにゃ~でかんゎ。味噌カツ味噌煮込みうどんが有名である。さらに、この地方にも白醤油やこいくちソースのような特産品がある。

名古屋人はきしめんを愛好する。丸いうどんや灰色の蕎麦を食う人間の気が知れない。

スガキヤラーメン」があるのでラーメン屋は流行らない。

喫茶店はコメダ珈琲店のみ。

また、名古屋を愛する者か否かを判断するため、若しくは名古屋入国・居住に相応しい人物か否かを判断するため、珈琲マウンテンてすとがある。 この珈琲マウンテンのメニューは素晴らしく、これを食せば怖い食べ物など何もない(たぶん)と思わせるほどのメニューばかりである。 一つでも完食できれば名古屋との相性が良いとされ、無事仲間に入れるのである。

名古屋コーチンという、文字を並べ替えればなにかとエロイ食材があるのも名古屋の名物である。単に高いだけという見方が強く、地元の人が食べることは滅多にない。

味噌煮込みうどんは、八丁味噌でよ~く煮込んだうどんであるが固い。イドッコのトンキン土人は麺が「生煮え」だと店員さんに文句つける。うどんは塩分の少ない特製うどんを用いる。また、煮込む土鍋のフタに蒸気穴がなく、フタを取り皿代わりに使って食するのが定番。よく噛んで食するので名古屋人の顎は強いがね。

名古屋人はすべての料理に味噌をかけて食べるのは当然だが、フランス料理においても同様である。なぜなら、フレンチみそという味噌が、実際にスーパーに売っているので誤いない。

蟹道楽など、蟹すきといった蟹鍋が盛んである。意外にも、質の良い蟹がスーパーで手に入りやすく、市販のたれ(ダシのもと)も地元の厳しい舌に鍛えられて、上質のものが出回っている。これらは都心などには出回らないため、隠れた名産品ともいえる。

文明堂の白黒CMは放送されていないので、三時のおやつの定番は「大須ういろ・ないろ」である。

どて焼きと天むすと八丁味噌を「名古屋の名産」として自慢しているが、全くの嘘っぱちで、いずれも発祥地は名古屋じゃない。前述の通り、八丁味噌の発祥地は岡崎である。「八丁味噌の発祥地は名古屋」であるかの発言をする名古屋人に対して、岡崎人が抗議している。又、滋賀県民と三重県民は、ワガママな名古屋人を「味噌作」って嘲り返している。

又、日本海に最も近い太平洋岸でもあり、名古屋港から敦賀港までは115kmで行ける。名古屋と敦賀の市街地となれば僅か110kmだ。週末にもなれば、敦賀の「日本海さかな街」を訪れる者も多い。水上レジャーでは琵琶湖に行き、夏の海水浴では若狭湾に行く。

何より重要なのは、フジパン敷島(Pasco)と言った菓子パン、おかずパンメーカーは名古屋の会社なのである。また、かの山崎製パンもフジパンや敷島に作り方を教わった(とあのウィキペディアに書いてある。本当かどうかは知らん)。従って、名古屋は日本人を支えていると言っても過言ではない。名古屋すげえ。

関連項目[編集]

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名古屋市関連
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